初めての一人旅は東北だったし、昔からなんとなく旅に出かけようとすると、とりあえず鈍行列車に乗って東北に向かう傾向があった。なのに最近は飛行機を使うことを覚えてしまい羽田空港から九州や北海道まで一気に飛んでしまうことが多くなっていたから、ここでいったん初心にかえって、18きっぷで途中下車しつつ東北に行ってみようと思い立った。旅程はあまり決め込まないようにして、三月下旬の盛岡の宿だけを予約した。
旅に狂っていた時期は、休みの日になったら用事がなくてもなんとなく出かけてとりあえず赤羽あたりから宇都宮線に乗って北上し、気になる土地や降りたことのない駅があれば途中下車しつつ仙台に泊まって帰ってくる一泊二日の旅をさんざんやっていた。だから、豊原駅とか越河駅のような特にひなびたところでない限り、都内から仙台間のほとんどの駅で降りたことがあるし、周辺の住宅街を小一時間散歩して写真を撮ってまわったり、小さな銭湯や地味な温泉を探して一風呂浴びたりとかなり細かく観光してきたから、前日になって今回はどこで寄り道しようかと冷静に考えてみた時に、何も思いつかないことに気がついてしまった。
旅の当日は始発で東京駅へ向かった。18きっぷでの旅はやめにして、改札外の券売機で新幹線の切符を買い06:04始発のやまびこ51号に乗る。車内はとても空いていて、コンビニで買ったサンドイッチを食べてから早起きだったこともあってうとうとしていたらいつしか福島駅を過ぎていたけれど、時計を見るとまだ7時半だった。18きっぷを使って4時台の始発から各駅停車のタイトな乗り継ぎをこなしても福島駅に着くのはだいたい10時くらいだから、新幹線のすばらしさを再確認できた。
一ノ関で新幹線を降りて東北本線に乗り換えると平泉には09:03に着いて、駅からは歩いてまず毛越寺へ向かう。平泉は車でやって来て観光するような場所だから、自分と同じように駅から歩く人は少なかった。毛越寺の本堂を眺めてから、浄土庭園の池の周りををぐるっと廻ってみる。どこからか鳥の鳴き声がきこえてくる他はまったく静かで前に訪れた時の印象そのままだったけれど、浄土庭園のあたりはそもそも平安時代からほとんど変わっていないらしい。
中尊寺をめざして住宅街を抜けていくと参道入口までは15分くらいかかった。参道となっている月見坂の手前に駐車場があって、このあたりからようやく観光客の姿を見かけるようになる。杉並木を見上げつつ、途中で弁慶堂や地蔵堂に立ち寄りながら月見坂をのぼっていくと、すれ違うのは圧倒的に外国人が多い。前に来た時は中尊寺がまだ世界遺産に登録されていない頃だったし真冬の時期だったから、こちらも毛越寺のようにもっと閑散としていた記憶がある。
金色堂や能楽殿などを主な建物を一通り見てから、帰りは東物見台のところを左手に外れて階段を下る。小さな神社を通り過ぎ、鳥居をくぐっていくと、県道237号線に出た。地方は車社会だから歩く人などいないのに、歩道がやたらと整備されていて歩いていて気分がいい。
春の陽気があって、田んぼの上方でひばりが高らかに鳴いている。ひばりがこうやって縄張りを主張する行為を揚雲雀と呼ぶけれど、春に散歩していてぴーちくぱーちく鳴いているのを聴く度に、昭和の歌姫の芸名は本当にぴったりだなとおもう。
交差するバイパスを渡って、途中の脇道にそれて坂をのぼっていくと、奥州市が運営している牛の博物館にたどり着いた。博物館は小高い丘の上にあって、蛇行する北上川や前沢の街並みを一望できる。博物館リニューアルに伴う記念企画展「日本の短角種-東北が生んだ和牛品種-」は期間を延長して開催されていて、これは地元の前沢牛が短角種だからだろう。来月には荒川弘『百姓貴族』の原画展をやる予定らしく、企画に力が入っていて独特でおもしろい。
館内の展示は生物としてのウシや畜産についての解説だけでなく人間との関わりや信仰などの説明もあったほか写真や剥製が多く、世界のカウベルコーナーなどユニークで多岐に渡るかなり充実した展示だった。物販でかなりかっこいい牛の胃Tシャツをみかけたので買っていくことにした。
丘を下るとすぐに前沢の市街地に入った。前沢はなんといっても前沢牛が有名だから、せっかくなのですき家で牛丼を食べていく。富山のはま寿司が異様においしかったように、前沢の牛丼も都内で食べるものとは比べものにならなかったけれど、これは前沢牛のブランド効果と腹を空かせていたことの相乗効果によるところが大きいかもしれない。
前沢駅13:59発の列車に乗ると、盛岡には15:13に到着した。盛岡には宿を予約しているだけで特に目的はないため、ひとまずは駅ビル地下の大同苑で冷麺を食べていくことにした。昔は盛岡名物を食べようとすると駅から離れた店まで歩いていかなければならなかったのが、じゃじゃ麺の白龍も同じフードコートにあるし、もう駅ビルの中で全部済むようになった。
腹ごなしの観光に、盛岡駅西口のマリオス20階にある展望台へ上ってみた。マリオスは岩手で一番高い建物らしく盛岡の街をぐるっと見渡せるし、晴れていれば岩手山もきれいに眺められるのだけど、人はいなくてゆったりとしていられた。盛岡は古くから栄えてきた街なだけあって、歩いていると変わったデザインの建築や無駄なオブジェを至る所で見かける。
予約しておいたホテルは駅から離れていたから、開運橋を渡って大通商店街を抜けていく。盛岡は駅前にアパホテルができたばかりらしく、一時期の新潟と同じように、既存のホテルはアパにやられまいと価格競争が起きていて、今回の宿も土曜日なのに素泊まりで5500円とかなり安くなっていた。
チェックインを済ませ、荷物を置いて散歩に出かける。ホテルを出るとすぐにレンガ造りの旧岩手銀行がライトアップされていた。近くの肴町商店街というアーケードは夜7時でもう全部シャッターが閉まっていたけれど、近くにバスターミナルがあるし、昼間はもう少しにぎわっているかもしれない。盛岡城の目の前にあった古書店はなくなっていたし、ジュンク堂も規模が縮小している気がした。大通商店街は飲み客などでまだ賑わいがあって、駅へ向かう人の流れにそのままついていく。
盛岡駅周辺をふらふら散歩していると、ラーメンショップぽん太という昔ながらのお店をみつけた。厨房は妙齢のお姉様二人でまわしていてチャーシューメンも餃子もしみじみとおいしかった。ホテルに戻ってから次の日の予定を考えて、青森に宿を予約しておいた。