東北旅行3日目 2026年3月30日

青森 - 五所川原 - 金木

青森

青森駅のコインロッカーに荷物を入れてからまた石碑を訪れた。石碑下部のボタンを押すとイントロが始まって、朝霧にかすむ連絡船をバックにさゆりの歌声が高らかに響き渡る。石碑の周囲をまわってじっくり観察してみると、空洞となった内部にはスピーカーが仕込まれているのがわかった。石碑内で複雑に反射した音が周囲に広がり青森の街にこだまするよう設計されているのをぐるぐると廻って確認していると、さゆりが歌い終わった。いままで「津軽海峡・冬景色」をフルコーラスでちゃんと聴いたことがなかったから知らなかったのだけど、アウトロでは割とエグ目のシンセが鳴っていることに初めて気がついた。再び朝の静寂を取り戻した津軽海峡に背を向け、駅に戻る。

人類の三大発明とは火薬、羅針盤、活版印刷のことを指すけれど、次点が古川市場ののっけ丼だということはあまり知られていない。いまやどこの魚市場でも真似するようになったのっけ丼システムはもともと東北新幹線の新青森駅開業を機にこの古川市場で始まってから、もう20年近く経つ。今日は大エビ、ホタテ(ひも付き)、ネギトロ、ブリ、カンパチ、ヒラメ、子持ちヤリイカを丼にのっけてもらって、真に自由な海鮮丼とは何か、あらためて考えを巡らせた。古川市場でしか見かけない、ホタテの卵の煮付けというものも食べてこの上ない朝ごはんになった。

古川市場 古川市場 古川市場

青森駅前のバス停から、7:53発の五所川原行きバスに乗る。五所川原にはJRも通っているけれど五能線だからきわめて本数が少ない。バスが一番、融通が利くはずなのに五所川原に用事がある人はいないのか乗客は少なかった。

五所川原駅には9:13に着いた。JRの立派な駅舎の脇に前時代的な建物があって、そちらが津軽鉄道の五所川原駅になる。自動券売機はなく、駅員の手売りで金木までの硬券を買って改札を通った。津軽鉄道が観光の目玉にしているストーブ列車は去年、走行中に連結が外れて急停車する事故があり、ホームに留置してある客車に無料で入れるようになっていたけれど、特に興味もないので津軽中里行きの列車に乗って待つ。

五所川原
斜陽館

金木駅には10時ちょうどに着いた。駅から住宅街を抜けていくと、太宰治記念館 斜陽館がある。斜陽館は太宰治の生家を一般公開しているもので、文学は金があって食うに困らない生活ができる人間のものだということをあらためて見せつけられた。以前、氷見で光禅寺という藤子不二雄Ⓐの生家をみかけて呆れたものだけれど、太宰治の実家はそれ以上で、玉川上水に蹴落としてやろうかと思うくらいの大屋敷だった。

斜陽館
斜陽館
斜陽館
斜陽館
斜陽館

金木は津軽の中程にあってたまたま通りがかるような土地ではない。だから斜陽館を訪れるのは当然ながら太宰治エピゴーネンかよほどな物好きしかおらず、自分の他は父親が太宰治好きそうで興味のない子供達に必死に説明しながら連れ回している家族連れと、縁側でさまざまな自撮りをためしている女がひとりいるだけだった。太宰治は一通り読んだ気がするけれど長編はあまり印象になくて、『お伽草紙』『グッドバイ』あたりが好きな自分にとっては特におもしろい資料もなかった。

五所川原 五所川原 五所川原

斜陽館を出て時計を見ると11:04の上り列車に急げば間に合いそうだったので、あわてて駅に戻る。金木駅では列車の離合があって、いまだにタブレットを交換していてめずらしかった。津軽鉄道で五所川原駅に戻り、駅前のバス待合所へ入る。待合室は広く思ったよりも人がいて、外を眺めていると他所では見かけない古い型のものなどバスが次々とやって来る。待合所の片隅には年季の入った蕎麦屋があり、せっかくだからじょんがらそばというものを食べていくことにした。じょんがらそばというのは天たまそばに山菜が入ったもので、山菜に少し酸味があり独特の風味でとてもおいしかった。

エルム

青森や弘前から五所川原にやってくるバスは終点が五所川原駅ではなく、どれもエルムの街となっている。エルムの街というのは駅の南東方向にある大型ショッピングモールのことで、隣村にできたイオンを脅威に感じた地元百貨店の中三なかさんが中心となり商店街を巻き込み開業するに至った歴史があり、その成り立ちはゆめタウン長府とよく似たところがある。青森市内はイオン青森、イオンタウン青森浜田、イオンタウン青森東と周囲を3つのイオンに囲まれていてもうだめだけれど、五所川原ではエルムが気を吐いていて、実際この日も駐車場は車でいっぱいだった。

エルム
青森

エルムからバスに乗り、1時間半ほどかけて青森駅に戻ってくるともう15時を過ぎていた。駅近くにできていたエーファクトリーというオシャレめなお土産屋で買ったりんごソフトクリームを手に、青森県ナンバーワン観光スポットとして知られる、青森ベイブリッジのP9通路をもう一度見てまわる。青森ベイブリッジの完成は1992年だけれど設計や着工は80年代だから、最高にかっこよくて無駄な造りになっている。青森ベイブリッジは青函フェリーターミナルへ向かうタクシーがぐるっと遠回りして運賃を稼ぎ乗客をイラつかせるために作られたもので、徒歩の人はほとんど使わないし案内がなくて観光客も来ないから、とても落ち着いていられた。

青森 青森
新青森

青森の用事をすべて終えて新青森駅へ向かう。新青森駅から30分ほど歩いたところには三内ヘルスセンターというとてもdopeな温泉があって、昔は近くを通りがかった際には必ず立ち寄って一風呂入っていったものだけれど、4、5年前に休業してからいまだ再開する気配はない。過去にも何度か休業からの復活を遂げてきたという話を聞くけれど、今回はもうきびしいかもしれない。八戸の新八温泉もだけれど年々、好きな場所というものは無くなっていく一方でそうかんたんには増えてくれないから、もっと気合いをいれて旅をしないといけない。(終)