夢の中でしか行けないブックオフがある。中心にとても長いエスカレーターがある大きな街の、そのエスカレーターの脇にブックオフはある。安いCD棚は一番奥で、隣にはAVコーナーがあるから、エロ目的の奴が興味もないのにCDを探しているフリをしてAVコーナーのパッケージを見ているからいつも邪魔だなとおもう。
そのブックオフにはなぜか、浮遊して入店しなければいけない決まりがあった。あまり高く浮くことはできず、低速でしか移動できないけれど自分は夢の中では浮遊できる能力があって、自動ドアの前でいったん浮き上がってからブックオフに入店して、じわじわとCD棚へと近づいていき、いつものように「あ」から順番に見ていく。夢の中のブックオフでは浮遊しているから、棚の最上段もとても見やすい。
その夢の中のブックオフには何度も訪れていて、毎回、棚でみつけた村井麻里子『ism』を買おうとすることになる。しかしCDをレジへ持っていこうとした途端に浮遊力がなくなってきて、だんだんと浮いていられなくなってくる。苦労しているとレジ前でついに浮く力がなくなって落ちてしまい、そしてそのまま落下していく感じがあって、汗だくで目が覚めることになる。
夢で見たことは基本的に忘れるほうなのに、いくつかの夢の景色や風景についてはしつこく記憶しているようで、その中でもひとつ、十歳の頃に一度見たきりなのにずっとおぼえているものがある。
その夢は、左手に海を眺めながら長い石段をのぼっているところから始まる。石段をのぼりきると建物があって、その前で先を行っていた男の子が待っている。男の子は自分より少し年上で、その所作や立ち振る舞いからいって友達ではなく、兄のように感じる。しかし現実では自分は長男で、弟がいるだけで上はいない。両親が結婚してから自分が生まれるまでは妙に間が空いていて、こわくて確認はしていないけれど、ひとつの可能性としてずっと疑惑を持っているが、それが何かはここでは言わない。
夢の中ではその子と境内らしき場所で遊ぶ。あたりには人がおらず、石段を登りきった時にそこの住職らしき年寄りを見かけただけで、あとはずっとふたりきりだった。
そこで一緒にした遊びは、どれだけ平べったい石を探してこれるかというもので、ふたりして大きな声で百を数えながら石を探す。それぞれがいくつかの平らな石を持って集まり、せーので取り出すと男の子のほうがより平べったくて大きな石を持っていたので勝ちになった。
ふたりで集めた石は、建物の裏手に積み重ねて置いておく。崩れないように大きなものを下にしようと、その男の子が誇らしげに持ってきた、とびきり大きくて平らな石から順番に積み上げていった。
そうして、石が積み上がったところで夢は終わる。子供の頃にはわからなかったけれど、石を積むなんてなんだか賽の河原のようだなと、大人になってから気がついた。
散歩をしていたり、風呂につかって一息ついていたり、大人になってからもなにかの折にこの夢の景色を思い出すことがあった。あちらこちらを旅をするようになりいろんなところの景色を知るようになると、夢の中で見た海の雰囲気は、どうも瀬戸内海ではないかとおもうようになった。そして太陽は海のほうではなく背後にあった気がしたから、もし現実にその寺が存在しているとすれば、四国の北側のどこかだろうと目星をつけた。
もう長いこと東京に住んでいるから四国はそう近くはない。しかし実家の岡山に帰省したタイミングでそそくさと瀬戸大橋を渡っては、それらしき小高い丘や山の上にある神社と寺をまわってみた。夢の中の風景を思い浮かべると石段をのぼったところに鳥居がなかったから、神社よりも寺の方を優先していった。
機会があれば四国を訪ねて、候補の寺や神社を巡っていって何年か経った頃、春光が瀬戸内海にきらきら反射しているあたたかな日に、ついにその寺を発見した。駅から住宅街を抜けてしばらく歩いた先の小高い丘にあったその場所は、夢の中の風景とはちょっと違って建物が新しくなってはいたけれど、区画や石段の雰囲気、のぼりきったところの海の見え方などは、夢で見たそのままだった。廃れた寺のようで寺務所らしきものはあるけれど人が常にいるわけではなく、海からの心地よい風が草木を揺らすだけで、あたりには自分ひとりしかいなかった。
夢で見た光景が現実に存在していたことに興奮しつつも、やっとみつけた景色を現実で脳裏に焼き付けておこうと、あたりを眺めてまわっていると、夢の記憶にはなかったけれど、風よけの意味もあるのか、建物の裏手には木々が生えていた。いつも日陰になっているせいか、寺の建物の柱などは少し苔っぽい。夢の終わりと同じく建物の裏手へと歩いていくと一本の木の根元に、周りの土や岩のように湿っていない、妙にきれいなままの、積み上げられた石があった。
夢の中では大きく見えた一番下に置かれている石も、大人になったからか、それほどの大きさには感じない。ふと思いついて、建物の周囲を探してみると、白くてきれいな石がみつかった。積み上げられた石を崩さないよう注意深く、その拾った石を一番上に乗せてやると、海からいっそう強い風が吹いて木々を揺らした。
二〇二〇年一二月三一日