流されておいらせ

こんなやさしい夜には

ドンストップシティライト

こんなやさしいメロディ

いつまでも グッディーズ

 

 

谷村有美「6月の雨」は二回転調をするけれど、八戸行きの夜行バスは車内にトイレがあるのに四回も休憩をとる。佐野SA、安達太良あだたらSA、長者ヶ原ちょうじゃがはらSA、岩手山SAと全音で転調していくたびに気温が下がり北国に近づいている実感がわいてくるから、八戸行きは四列シートしかなくてもよろこんで夜行バスに乗ってしまう。

八戸には新八しんぱち温泉という施設があって、ブックオフで五味美保のCDを三枚買うぐらいの夜間料金を追加で払えばリラックスルームを朝まで利用することができた。だから北海道や東北を旅行するときにはよく利用していた。また新八温泉のすぐそばには八食はっしょくセンターという新鮮な魚を取り扱う市場や食堂もあるため、ゆったり寝て起きたらすぐに魚まみれになることができるとても都合の良い街だった。今回はとにかく魚を食べたい一心だったから、夜行バスが市内に着いたらすぐに八食センターへと直行する。

全国の様々な漁港や魚センターをまわってみて、いいなと思う条件は安いことやうまいことの他に、知らない地魚やそこでしか食べられないものがあるということだった。八食センターを最初に訪れた時には、タラの刺身を見つけた。タラは足が早いから、新鮮なものが手に入る産地でしか刺身では食べられない。新鮮ということは旨味はそれほどでもなく、もともと淡白な魚だということもあって正直あまりおいしくはなくて、やはりタラという魚は味噌鍋の汁をすくって飲むためのスプーンに過ぎないことを八戸で再確認することになった。

八食センターには各入り口付近にロッカーがあって、中があまり魚臭くないところを探して荷物を入れておけば、あとは身軽に行動することができる。ざっと場内を見て回って、良さげなニシンとブリの刺身を買った。ニシンは焼きや煮で食べるとけっこうしつこいところがあるけれど、刺身だと脂っぽさはそれほどでもなく、ちょっとクセがあってたいへんおいしい。天然物のブリは氷見ひみで散々ハズレを引かされたことがあったから、それ以来、養殖しか買わないようになった。天然物というのは生パスタという言葉と同じでどうしても魅かれてしまうものがあるけれど、ブリに関しては特に冷静にならなくてはいけない。

どちらもおいしい刺身だったから一瞬で食べ終わってしまい、物足りなくてまだ何かないかとうろうろしていると、あまりよそでは見かけないゴッコという魚をみつけた。正式にはホテイウオというらしく、ころころした姿の魚で深海魚のような雰囲気があり海の中ではもっとスマートだったりするかもしれないが、刺身では食べられないとのことだったので、自分には用のない魚だった。

揚げたてのキスの天ぷらを追加で食べて魚欲を満たしたところでちょうど十時になり、外の駐車場はあっという間に車で埋まっていった。大型バスで乗りつけてきた観光客が次々に、米光美保の「ドント・ストップ・シティ・ライト」を合唱しながらぞろぞろと入ってきたので、あわててルイードから逃げだした。

次の予定までまだ余裕があったので八食センターのまわりを散歩していると、隣の建物にはどうやら中古CDを扱っている店があるようだった。ざっと店内を見てまわると棚の品ぞろえはわりとベタなところばかりしかなかったけれど、その中でも平松愛理がとても充実していて、特に「部屋とYシャツと私」「月のランプ」「素敵なルネッサンス」という代表曲を含む三枚目のオリジナルアルバム『マイディア』だけはジャケが見えるように陳列されており、モノクロでアップになった平松愛理にまっすぐ見つめられて、けがれた心が浄化されていくようだった。自分が死んだ時の遺影は何かの手違いで『マイディア』のジャケになってほしい。

心が浄化されたらまた腹がへった。そういえば八戸に来てまだサバを食べていないことに気づいたので、とって返して八食センター内にある勢登鮨せとずしへ行き、シメ鯖やトロ鯖などをいくつか注文した。十一月末くらいに都内で脂が乗ったおいしいサバを食べたならそれはおそらく八戸のもので、関サバと味はそう大差ないのに下手にブランド化もされていないから八戸のサバは安くてうまい。しかしこの日食べたサバは一九九〇年のベイブのように、近藤智子と二階堂ゆかりはやや旬を過ぎていたのか、期待していたほどでもなかった。

ロッカーの荷物をしょいなおして八戸駅へもどり、そこからはJRバス冬のおいらせ号で十和田温泉郷に向かう。十和田温泉郷は十和田湖の東側から流れる奥入瀬おいらせ渓流をたどっていったあたりにある。その十和田温泉の外れに「南部屋なんぶや」という古民家を移設した一軒宿があり、そこでは大学の軽音サークルの先輩かつバンドで一緒にリズム隊をやっていた人が宿主やどぬしをしていた。この人は九〇年代にレンタルビデオ屋でバイトしていたことがあるらしく、レンタルCDを扱っていたからか、軽々しく口にした佐藤聖子、衛藤利恵や黒沢律子などの名前が通じておどろいたことがあった。

南部屋は百年前の古民家を移築した宿なのですきま風も多く、冬はかなり寒い。しかし温泉がいくらでもわいているので寒くなったら風呂に入ればいいだけだった。加熱も加水もしていない掛け流しの源泉だから、三年前の夏に来たときは熱くてなかなかゆっくりと浸かっていることができなかったけれど、今年の冬は暖かく雪がだいぶとけているそうで温泉はぬるめでほどよくて、「ザ・レッド・ワン」のパット・メセニーのモダンなギターシンセソロの後ろで鳴っているジョン・スコフィールドのまるで原始人みたいなバッキングのように、自分にはちょうど心地よかった。

オフシーズンということもあって、泊り客は自分だけだったので夕食は外で食べることにした。上高地というわりと有名なお店で、鉄板で玉ねぎと牛肉に甘いタレをからめてを焼く、十和田名物のバラ焼きを食べた。十和田温泉の暗いメインストリートに人影はほとんどなく、暗くて静かな通りを少しだけ歩いてみて、宿に帰ってもう一度温泉につかると疲れからかすぐに眠ってしまった。

夜中は冷えるという話を聞かされてはいたけれど、敷布団を二枚重ねていても底冷えがひどく、深夜に目が覚めてしまった。起きたついでに温泉に入って、あかりをつけずに真夜中の湯船に沈んでいるとほのかな雪明かりと湯の音しか聞こえず、ECMレコードのオスロのスタジオにもしも温泉が併設されていたらきっとこんなかんじだろうなとおもった。ラルフ・タウナーの指がふやけるぐらいまで風呂につかってから、もうひと眠りする。

朝食中、おたがいの近況について話した。豪雪地帯だから雪しか降らない季節なのに先週はなんと雨が降ったらしく、今年は異常だと言っていた。「豪雪地帯で大寒だいかんあたりに降る雨」について、特別な言葉があるだろうかと家に帰って『雨のことば辞典』をあたってみたがそういったものはなさそうだった。

八戸に戻るバスに乗るためおいらせ渓流館まで車で送ってもらい時間をつぶしていると、ブナの大木に聴診器をあてて録音したという展示がありおもわずヘッドフォンを手に取った。水の流れるような音にときおりどんどんという胴鳴りのような音がしていたが、しばらくするとパンフルートが聴こえてくるような錯覚に陥ったので、怖くなってあわててやめにした。

おいらせは漢字では「奥入瀬」と書く。名前に「奥」の文字がつくことからわかるように、十和田湖の東側から流れ出る奥入瀬渓流は地理的にはもともと裏側だった。観光フェリー乗り場がある休屋やすみやは西に、東北自動車道の十和田ICは湖の南側にある。その昔、観光客は南側の花輪線の鹿角かづのや小坂のほうから、もしくは青森方面から、湖の西側を目指してやってきていた。しかし二〇〇二年に東北新幹線が八戸まで延伸されてから状況は変わる。観光バスや大手リゾート会社のホテルへの送迎はすべて八戸駅発着になり、鹿角や小坂はさびれて、ただの交通の便が悪い場所になった。十和田湖の表裏をも変えてしまうほどで、東北新幹線の『スルー・トラフィック』がおよぼした影響はシティ・ポップだけにどとまらない。

一時間ほどかけてバスで八戸駅まで戻ってくるとすっかり雪はなくなってしまった。循環バスに乗り八食センターに戻ってきたらあとは気が済むまで魚を食べるだけだから、相変わらずマグロを推してくる店はほっておいてメダイと黒ソイを買った。メダイは白身でふかふかしていてとても自分好みで、黒ソイのほうは新鮮そのものといったかんじでさっぱりとおいしい。

場内をうろうろして揚げ物中心の惣菜屋をながめていると、ゴッコのから揚げをみつけた。頭も骨もそのままぶつ切りにして揚げているようで、骨は軟骨のようなものだからやわらかくそのまま食べられるけれど、身の部分がないアンコウのようでいまいち好みではなかった。

ゴッコの後味の悪さにぐったりしてしまい、隣の中古CDショップで平松愛理の顔を眺めているとようやく正気を取り戻してきた。八食センターに戻り、口直しにもう一度なにか刺身でも食べようかとぼんやりお茶を飲んでいると、外に大型バスが到着したのか「ドント・ストップ・シティ・ライト」を大合唱する観光客たちにあっという間にとりかこまれてしまった。

二〇二〇年二月一四日