年の瀬

家の周囲をうろついている野良猫の中には少し変わった走り方をするやつがいて、他の猫とは違って昼間にはほとんど姿を現さず、夜に仕事帰りで駅から歩いていると、とったとったと道路を横切っていくのを見かけることがあった。

ある夜、車のライトに浮かび上がった姿を見て、それがタヌキだということが判明した。二十三区内にタヌキがいるのかと驚いたものの、近所には空き家がいくつか放置されたままになっているし、少し歩いたところには保護樹林があるから、この辺りはタヌキが生きていける環境なのかもしれなかった。

タヌキは二匹のつがいだったらしく、ある頃から小さな子が三匹、後をついてまわるようになった。すぐに子供は大きくなり、ころころした五匹は列をなして、どこかへ走っていくのを目にするようになった。

年の瀬も近い頃、澄んだ夜空を見上げながら、もう今年も終わりかとぼんやり家に向かって歩いていると、道の向こうからやってくるタヌキの列が見えた。車のライトを避けるように家の植え込みに隠れた群れが、自動車が通り過ぎたタイミングを見計らって次々に飛び出してきて、口々に何かを言いながら目の前を通り過ぎていく。

一匹目は「豚肉、豚肉」と、言いながら、壁の隙間に潜り込んでいった。

二匹目が「ニンジン、ニンジン」と、その後に続いた。

三匹目は「玉ねぎ、玉ねぎ」と、言いかけたところでこちらと目が合い、あわてて走り去った。

四匹目は「ピーマン、ピーマン」と、楽しそうに跳びはねていった。

五匹目はめしいているのかこちらに気づく様子もなく「パイナップル、パイナップル」と、前を行くタヌキの匂いを確かめながら消えていった。

食材の名前を口にする声は遠ざかっていって、じきに聞こえなくなった。

どうやらタヌキの家族は酢豚を作ろうとしているらしい。年末だから贅沢しようとしているのだろう。向かったのはおそらく駅前のライフか西友に違いなく、人に化けて買物を済ませるのだろうけれど、最近はセルフレジになったから、葉っぱのお金でごまかすのは楽になったはずだった。

タヌキの家族はスーパーで買い物を終えると、おそらくは同じ道を帰ってくる。待ち構えておいて襲いかかれば、酢豚の材料を強奪できるかもしれないと考えた。

子供の頃、広島県福山市のかなり山奥の親戚の家に法事で出かけた際に、昔やっていたタヌキ狩りについて教えてもらったことがあった。

山を歩いているとタヌキの痕跡はすぐに見つかるから、それを辿っていけば棲家すみかは案外かんたんにつきとめられるらしい。タヌキには強い光を当てると驚いて動きを止める習性があるから、懐中電灯や、人によってはカメラ用のフラッシュを持っていって強力な光を浴びせてから、あとは棒で殴るだけで済むという話だった。

そんな昔のことを思い出しながら公園脇の遊歩道を歩いていると、すぐ右手の家の玄関ががらっと開いて、大きな網と木の棒を手にしたおばさんが出てきた。

ぎょっとして通り過ぎて、しばらく歩いた後で振り返ると、おばさんはあたりの茂みを見渡したり、塀の隙間を覗いたりしてなにかを探している。ひょっとするとタヌキを狙っているのかもしれない。しかし、おばさんはそれほどタヌキ狩りについて詳しくはなさそうにおもえた。

見た目はかわいいし多少はなじみがあるから、タヌキの家族を守るべきかもしれないと立ち止まって考えていると、近くに人の気配を感じた。ふと横を見ると木の裏に隠れるように、ニコンのストロボと金属バットを手にして茂みの中で息を潜めているじいさんと目が合った。

二〇二二年一月四日