CCCD

店内に入ると、ひんやりとした空気に身震いした。レジの前を通って目的の棚へ近づくにつれて、さらに寒くなってくる。棚には立方体のクリアケースがいくつも並んでいて、氷点下の強い冷気に晒されている。

その手のひらサイズの小さな真四角のケースをいっぱいに満たした水は凍っていて、中に収められた虫をコールドスリープ状態にしている。

いつものように棚に並んだケースを左から順番に覗いていくと、凍ったケースの中で、おしゃれなピンク色をしていたり、足だけが異常に大きく発達していたりするカラフトキリギリスの姿が見える。その棚に並べられているものはどれもそこそこの値が付いた有名な種類の物ばかりで、マツムシやコオロギなどの多種の遺伝子を掛け合わせて、本来のカラフトキリギリスよりも美しく鳴くように遺伝子操作して改良されたものが多かった。

カラフトキリギリス属の学名はDecticus verrucivorusという。その凍ったケースに入ったものは、『遺伝子をコピーされた凍ったカラフトキリギリス』という意味でCopy Control Cold Decticus、通称CCCDと呼ばれている。

いまはサブスクの時代になっているから、わざわざ店舗でCCCDを買う人は多くないし、そもそもCCCDを再生できる機器はもう中古でしか流通していない。それでも全てがデジタル化されているわけでもないから、店に足繁く通って在庫をチェックしていると、時には掘り出し物のCCCDに出会えることもあった。

その店の棚にはめぼしいものは見当たらなかったから、さらに奥にある冷凍ボックスへと向かった。蓋を開けると、白い冷気が流れ出してくる。冷凍ボックスの中には四角い青いカゴに、あまり状態の良くないジャンク品の虫が入ったケースが雑に詰め込まれていた。

手が冷たくならないよういつも持ち歩いている軍手をはめて、ボックスの中からいくつかケースを取り出してみる。プラケースが完全に割れてしまっているものや、ケースの中の氷を溶かして虫だけパクろうとした痕跡があって、この店の客層がひどいことは理解できた。

あまり冷凍ボックスを開けっ放しにしていると中の氷が溶けてしまうので、こまめに蓋を締めつつ底のものを苦労して取り出していると、体色がとても美しいピンクとオレンジ色のトロピカルなグラデーションになっているCCCDがみつかった。カゴ代わりに置いてあるクーラーボックスを急いで取ってきて、中に入れて確保しておいた。

さらにジャンクボックスの底を探していると、小さくて茶色い、地味で目立たない虫の入ったケースがあった。ケースにはCCCDではなくて、CDとだけ記載がある。

遺伝子操作で作られるようになる前は、人間の手でカラフトキリギリスの配合が繰り返されていた時代があって、その頃のものはCCがつかなくて、単純にCDと呼ばれている。そのアナログ配合時代のものは希少で価値が高かったりするけれど、店でみつけたその虫はあまり状態がよくないらしく、ジャンク扱いにされているようだった。ジャンク品なだけあってそれほどたいした値段でもないし、CCCDではない、アナログのCDをまだ買ったことがなかったので、二匹をクーラーボックスに入れてレジへと向かった。

帰宅してすぐに、CDの方はとりあえずケースごと冷凍庫に突っ込んでおく。トロピカルな方のCCCDは、中古で買ってずっと使っている古いプレイヤーにケースごと入れて、再生ボタンを押した。

しばらくするとキュルキュルという急速に氷がかされていく音がして、虫が息を吹き返し、スピーカーから鳴き声が聴こえてきた。しかし、その鳴き声は鮮やかでトロピカルな見た目とは裏腹に、ギーチョンギーチョンといういたってつまらない、普通のキリギリスのものでしかなかった。

ハズレを掴まされたことにがっかりして、すぐに停止ボタンを押す。ケース内に注水される音がしてから、しばらくすると再び冷凍されたケースがイジェクトされた。見た目はオシャレで状態は良いから、誰かをだましてネットで処分するか、今度また店に行くときに売ってしまおうと冷凍庫にしまいこんだ。

気を取り直して、黒ずんた茶色の小さな虫が入ったケースを取り出した。店では気づかなかったけれど、そのCDは触角が欠損しているし、前脚のとげも削れてなくなってしまっていて、ジャンク品だけに状態はあまり良くなかった。

プレイヤーに入れて再生ボタンを押すと、どうもケースがひっかかったらしく、異音と共にすぐにイジェクトされてしまった。少し力をいれてケースを変形させてからもう一度試してみると、今度は何とかうまくいったようで、氷が溶けていく音が聴こえてきた。

しばらく待っていると、スピーカーから、チ、チ、チと小さく鳴き声が聴こえてくる。音量はあまり大きくなくて、アンプのボリュームを少し上げてやると、すぐに鳴き声はチキチキとリズミカルに変化し、同時に後ろで低く、グルグルと震えるような低音が聴こえてきた。それはいままで耳にしたことのない鳴き方だった。

なにより、先ほどのハズレ虫とは明らかに低音の鳴り方が違っていて、そこまで音量をあげているわけでもないのに、テーブルがビリビリと震えている。これがアナログ世代のCDなのかと感動していると、虫は鳴き方を変えて、ズズズと奇妙な低音を響かせはじめた。

二〇二一年一一月三日