夜行バスに揺られて早朝の富山駅前に着いてからすぐ列車に乗ったのに、朝日はもう立山連峰を越えて、右側の窓から真っすぐに射し込んできていた。通勤や通学の人たちは静かにその陽射しを浴びたまま、黙って座っている。
列車の窓と乗客のシルエットが、収穫後の田んぼと駅舎の壁を何度か行き来すると、やがて目的地の魚津駅に到着した。駅の改札を出て、地下道をくぐって駅の反対側にまわり、工場の脇を抜けていくとやがて海が見えてくる。
十代はずっと鼻炎に悩まされていて、コンタック鼻炎カプセルを飲み続けていたせいか嗅覚が無くなっていて、海の近くに来ても磯の匂いはまったく感じない。だから真っすぐな水平線を目にしてようやく、海にやってきたんだなという気持ちになる。
近くに道の駅があるけれどまだ営業時間前だから、ひとまずは南のほうにある水族館へと向かってみることにして、漁村らしい細い路地を抜け、街を南北に走る小さな商店街を横切り、朝の人気のない街をゆっくりと散歩していると、なおも続く低い屋根の向こう側に大きな赤い観覧車が見えてきた。
魚津水族館の目の前には、ミラージュランドという入場無料の小さな遊園地がある。海に面したその遊園地もまだ営業時間前だけど、大きな観覧車だけはどうも動いているような錯覚があった。
開館と同時に入った水族館は平日ということもあって、自分以外の客はいなかった。土地柄かメイン水槽にはブリが多く回遊していて、真ん中のトンネルから魚群を見上げられる仕組みになっていた。
水槽の向こう側には天窓か何かの光源があって、青白く区切られた光が頭上から降ってくる。その四角い光の中を様々な魚の黒いシルエットが群れになり、次々に通り過ぎていくのをしばらく眺めて過ごした。
三階からは外のテラスに出られるようになっている。周囲に高い建物はなくて、右手には雪をかぶった山々が、左手の海側には遊園地が一望できた。開園して観覧車が動き出したミラージュランドにもまだ人影はなく、静かなままだった。
水族館からは市民バスに乗って、オープンした道の駅に戻る。この辺りでとれるのはホタルイカとカニばかりで、ブリは全部氷見の方に持っていってしまうだろうから、めぼしい生魚は売っていなかった。バイ貝の煮付けと、ミギスという魚を焼いたものを買って、朝ごはんついでに一休みしていくことにした。
日の当たる窓際のテーブルで、カマスを小さくした、シシャモのような食感のミギスを食べていると、急に室内の暖かい場所にやってきたせいか、鼻血が出てきた。あわてて近くのトイレに走りこんで詰め物をして、鼻血が止まるのを待ってからミギスの残りを食べたけれど、もう血の味しか感じなかった。
せっかくだからと、道の駅の近くにある埋没林博物館にも立ち寄っていくことにする。埋没林の展示の他に、蜃気楼の仕組みなどについて詳しい解説コーナーがあって、春の魚津で見られる上位蜃気楼を再現する小さな展示では、温風の吹き出し口を横から覗くときちんと視線の先のオブジェクトが引き伸ばされるのが確認できた。
二階のシアターでは、シンセサウンドを伴った埋没林と蜃気楼についての上映が行われていたけれど、後から入ってきた男が寝転がっていびきをかきはじめたり、物陰で抱き合うカップルがいたりしたから、あまり長居はしなかった。
海から離れて川沿いの道を駅の方面へ戻っていると、川の向こう側のスナックらしき建物から出てきたおばさんが、なぜかこちらをじっと凝視してくる。おばさんはそのうち、自分に向かって何かを喋りはじめたようだったけれど、水量の豊富な川の流れに遮られてその内容は聞こえない。
ぱくぱくと動いている口に意識を集中してみると、おばさんはどうも「木根、木根」と言っているようにおもえる。こちらも「ユンカース・カム・ヒア、ユンカース・カム・ヒア」と口を動かして対抗しながら通り過ぎた。
背丈よりも高いシラカシの生垣に囲まれた立派な敷地の角を曲がると、道の両側には経年劣化したブロック塀と雨だれで薄汚れた電信柱がばらばらと続いている。屋根は決まって灰色か暗い青色の、窓枠はいずれも遺影のように黒く縁取られた戸建てが並んでいて、かつてバブル終わりの時期に落ち着いた暮らしのできるシックな家として売り出されていたこのタイプの住宅群も、今では古びてただ陰気臭く感じる。
そうした九〇年代の住宅街が終わると公園があった。公園の片隅に建てられた、草に埋もれた立派な石碑に気を取られて少し歩を緩めると、ひゅっと風を切り、目の前を小さな黒い影が過ぎた。
再舗装されたばかりらしい、油分の滲んだ濃い灰色のアスファルトに叩きつけられたその小鳥は鈍い音を立てて、鮮やかなオレンジのくちばしから赤い筋が地面に伸びていく。
続いて降ってきた鳴き声に仰ぎ見ると、電線には同じ色のくちばしをしたムクドリの群れが留まっていて、地面に横たわる仲間に向かってぎゃあぎゃあと鋭く呼びかけていた。しかしあまりにも皆が必死だから、どこか気が抜けたように聞こえた。
少し離れた電柱の上にはカラスの黒い影が、仕留めた獲物をじっと見据えたまま微動だにしない。動かない地面の鳥をよけて、なおもうるさく鳴く鳥の声を背にして歩いていくと、蜃気楼という名前が気になって予約しておいたホテルにたどり着いた。
チェックインして部屋に入り、カーテンを開けてみると部屋は北向きだったようで、遠くに海が見える。駅よりも内陸寄りだから海は街の向こうに細く見えるだけだし、数百メートル先の正面には同じぐらいの高さのホテルがあって視界を遮られているのが気になるけれど、それでも見晴らしが良いことに満足した。
夕方が近く海や魚津の街の風景はそろそろ赤く染まりはじめている。夕食まではまだしばらく時間があるから、もう少し散歩の続きをすることにして、ホテルを出て左手に歩いていくとやがて車通りの多い道路に出た。チェーン店や大型スーパーなどを横目に道なりに進むと、おなじみの大きく「本」と書かれた看板が見えてくる。
なんとなくの惰性で安いCD棚を眺めていると、九〇年代末にJポップヒット曲のピアノカバー集を毎年発表するという苦行をしていたクラシック演奏家のCDがちらほらとみつかった。値段はすべて同じだったから一箇所にまとめていると、偶然にもそのピアニストのオリジナル曲のみで構成されたアルバムを発見した。オリジナルアルバムをみかけたのは初めてのことで、せっかくだからとその『飛べない鳥』というタイトルの付けられた加羽沢美濃のCDを買っていくことにした。
ブックオフを後にして、遠回りして商店街へと向かってみる。シャッターを閉めたままの店が多く、あまり愉快でもなさそう雰囲気を感じて、商店街から一本、裏の通りへ入ってみると川が流れていた。魚津の街は湧き水も豊富らしく、川沿いの道を歩いていくと家の軒先のいたるところで水を掛け流しているのが目に入る。水の音を聞きながら川をさかのぼるように歩いていくと、一軒の空き家があった。
その家は庭に草が生えたまま放置されていて、屋根が傾き、いつ崩れてもおかしくなさそうな気配があった。縁側の窓にガラスは無く、開け放たれたままになっていて室内がよく見通せる。夕暮れで暗くなりかけた室内に畳はなく、その下の板張りはすべて外されて壁に立て掛けられているようだった。
その何枚もの板には黒い大きな染みがあった。薄暗くて見難いけれど、どうもそれは人の形をしているようにも見える。この家では老人が孤独死したのかもしれないけれど、自分はこの先もずっと独り身だから、いずれは同じように黒い染みに姿を変えるのだろうと考えながら、裏通りの住宅街を歩いていった。
すっかり日が沈んでからホテルに戻る。部屋のカーテンを開けると高いところに満月が輝いていて、景色は明るい。向かいのホテルの中央にひとつだけ同じようにカーテンを開けている部屋があって、室内の黄色い光が四角く見えた。
夕食は少し贅沢をしてホテルのビュッフェを予約しておいたから、食堂へ下りる。大きな窓のそばの席に案内されて、椅子に座ると外に向く形になったけれど、夜だから明るい室内の様子がガラスに反射するばかりで外の景色はまったく見えない。
角の席だからその室内の様子も曲面ガラスでゆがんで見えて、他の宿泊客やスタッフが後ろを通るたびに横に広がったり戻ったりしている様を眺めていると、飽きることはなかった。
食事を済ませて部屋に戻ると、満腹感からすぐに眠くなってきた。男一人の部屋で見られて困るようなものもないので、カーテンは開けたままにして、月明かりを室内光にしておいた。そうしてベッドに横になると、いつの間にか眠ってしまっていた。
ふと目を覚ますと、部屋の中がさっきよりも明るく感じる。時計を見ると三時と表示されていて、寝起きでぼんやりしていると、壁に真っ白い四角形があることに気がついた。位置が低くなった満月の光が部屋に射し込んできているようだった。
立ち上がって窓の外を見てみると、海のすぐ上の、ずいぶんと低い位置に月がある。向かいのホテルの部屋も相変わらずカーテンを開けているらしく、黄色い光が見える。
寝る前よりも月の光を反射しているのか、余計にきらきらと輝くようになった海をしばらく眺めていると、向かいのホテルの部屋でぴかぴかと何かが光るのに気がついた。その光は規則的に繰り返されていて、止まったかとおもってしばらく待っていると、また光る。
輝く海と、点滅するホテルの部屋の光を交互に眺めていたけれど、そのうちに短い光と長い光があることに気がついて、ふとモールス信号かもしれないと、テーブルにあったメモ帳にその光を書き留めていった。
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ネットにあるモールス信号一覧に照らし合わせてみると、「ホハヨイヲ9」と変換できた。ホハヨイ、ホハヨイと頭の中で反芻してみても特に意味はなさそうだけれど、向かいの部屋からはぴかぴかと、相変わらず同じ信号がこちらに送りつづけられている。
水を一口飲むとすこし頭が冴えてきて、欧文モールス符号かもしれないということにすぐ思い当たった。調べなおしてみると「DBMAJ9」になる。
「コード?」
部屋のドアの近くに置いてある非常用の懐中電灯を取ってきて、ネットのモールス信号一覧を頼りに、相手の信号が途切れたタイミングを狙って、窓の外に懐中電灯のオンとオフを繰り返した。
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Cm11というコードを相手のDbmaj9の合間に何度か送り返し、オシャレなコード進行になったことに満足して、もう一度ベッドに寝転がった。向かいのホテルのモールス信号に変化があるかもしれず、すこし時間をおいから確認してみようと考えながら、壁にぼんやりと浮かんだ白い月の光を眺めていると、どうも少しずつ動いているような錯覚がある。そうやってうとうとしていると、月に雲がかかったのか、壁の四角い光は大きな黒い影にゆっくりと覆われていった。
二〇二一年一一月九日