豊島園日記 2

そ の 九

氷川台駅から石神井川沿いに歩きはじめた頃は、地面に落ちた欄干らんかんの影も、夏空にすっと伸びた街路樹の形もまだはっきりしていたのが、いつしか曖昧に暗く沈んできた。

さっきまで乗っていた地下鉄は、お盆だから人がほとんど乗っていないのに空調は平常運転だったから、すっかり体は冷え切っていたけれど、しばらく歩いているうちに夕方の蒸し暑さであちこちが緩んできたように感じる。

そうしてゆるゆるとした気分で歩いていると、かすみ色に染まっていた空は次々に色を変えていって、八月の日暮にしては拍子抜けするほどあっさりと夜になった。

なかなか補修工事が終わらない東中央橋を右に折れるとジョギングをしている人がやってきて、苦しそうな息遣いとべたべたした重い足音が通り過ぎると、入れ替わりに遠くからぽんぽんと低い音が聞こえてきた。

道はまっすぐ伸びていて、抜けた先には遊園地の敷地内にある森の影が見える。その上に光の筋が伸びたかとおもうと、空に花火が炸裂して、暗い夜道や家々の屋根を照らした。

遊園地では例年、八月の週末には花火を打ち上げていて、特にお盆の一週間は特別に毎日実施されていたけれど、遊園地もこの月末で閉園が決まっていた。

この車通りの少ない川沿いの道は花火を綺麗に眺められる場所で、特に橋の上に立つと何にもさえぎられることなく真正面に花火が上がる。そのことを知っている地元の人間が見物にやってきていて、欄干にもたれかかったり、自転車にまたがったりしたまま、皆、夜空を見上げていた。

周辺には住宅街しかないから、遊園地がなくなってしまえば今後この辺りで花火を上げるようなこともなくなる。ごく当たり前のように長年続いてきた花火もいよいよ見納めになるから、お盆の夜にしては異様な人だかりがあった。

自分もこのあたりには結局、長く住んでしまっているけれど、去年までは窓の外から花火を打ち上げる音が聞こえてきても、特に気にも留めていなかった。きっとそれは今ここで花火見物に来ている周囲の人々も同じだろう。

最後のお盆の週ということもあって打ち上げの数がいつもより多く、次々と上がる花火はいつもより派手で規模が大きかった。人混みに紛れて橋の上から眺めていると、川の抜けた先に上がる花火の音はどんという低い音の他に、なにかぱんぱんと手を打っているような拍子の音があり、どこかと共鳴しているらしかった。

暗い空に花火が広がると、押し黙ったまま見上げる人々の顔がその明かりを受けて一斉に同じ赤や青に染まってはまた暗くなる。それがおもしろくて花火と周囲の人々の顔とを交互に眺めていると、誰かが空き缶を蹴飛ばしてしまったらしく、からからとアスファルトを転がっていく乾いた音が響いた。

少し間隔があって次の花火が空で炸裂したけれど、それは妙にゆっくりと広がってから、夜空に消えていくようにおもえた。

その時、どこかで「僕、僕」と子供を呼ぶ男の声がした。それが死んだ祖父の声色にあまりにもそっくりだったから驚いてしまった。はっとして、あたりに目を凝らしてみたけれど、花火の明るさに慣れてしまったせいか、人々の顔は暗くて輪郭だけしか判別がつかなかった。

遊園地の森の奥からは次の花火が打ち上げられて、光の筋が夜空に伸びていった。大きな尺玉らしく、さっきの花火よりもさらにゆっくりとした動きで、闇夜に少しずつ線を引きながら、ずいぶん高い位置まで昇っていく。

もう一度周りを見渡してみたけれど、やっぱり顔は一様にはっきりしないし、どの人も表情がなく捉えどころがなかった。

花火は空の天頂に近いところまで上がっていった。花火が周囲の人々を照らしてくれるのをじっと待ち続けたけれど、光の軌跡が消えていつ花火が開いてもおかしくはないのに時の流れはまるで止まってしまったかのようで、全てが静止し夜空も向こうの森もずっと暗いまま、自分も辺りの人も息を殺して黙っている。

そ の 十

朝起きたら、窓の外からかんかんと金属的な物音がしていた。雨音にしては少し音が鋭いような気がしたから、確認のためにカーテンを開けてみると、いつの間にか足場が組まれていて、作業中の職人さんと目があった。

そうして急に始まったマンションの修繕工事は、外壁だけかとおもっていたら、バルコニーの補修と再塗装を行うから置いてあるものを全て撤去せよという不動産屋からの一方的な通知がポストに投函されていた。

バルコニーには金魚の水槽がいくつかあるし、部屋には収納がほとんどないから楽器のハードケースや古いカメラやレンズを詰め込んだ防水ケースなどが大量に重ねてある。それからあまり手入れのできていないオリーブの鉢植えも放置したままだった。

オリーブの木はこの家に引っ越してきた頃に、新しい生活を始めるにあたって何か植物を育ててみようと、園芸ショップの隅っこに隠れるようにして置いてあったのをその場の思いつきで買ってきたものだった。

買う時はまったく気にしていなかったのに、家に戻ってからあらためてオリーブの木を眺めてみると、ひょろひょろとした幹が下のほうで二手に別れていて、冷静になってみると正直、見た目は良くなかった。それでも大きく育ってくれるようにと、鉢を大型のものに替えて、幹の支えをしたり栄養を与えたりしつつ気にかけていたけれど、そもそも我が家のバルコニーは西日しか当たらないから幹はほとんど太くならず、成長しても細い枝が不健康そうにあちこちへ伸びていくだけだった。

そのうちに興味がなくなって思い出した時に水をやるだけになっていたけれど、それでもオリーブの木は健気に大きく成長して、小さな実を付けたりするようになった。

バルコニーの柵を越えて枝を伸ばし、少しでも太陽の光を浴びようと葉を広げている鉢植えの木と、埃にまみれた多数の防水ボックスを眺めて、これを部屋にいれるスペースがはたしてあるのだろうかと考えた。オリーブの木やその他諸々はそもそも室内に入らなくて外に置いてあるわけだから、部屋の中に退避させるにしてもいろいろ散らかったところを整理して、居住スペースをいったん無視して詰め込んでいく必要があった。

それは非常に億劫な作業だったからしばらくは忘れたふりをしていたけれど、いよいよバルコニーでの作業日が迫ってきたので、あわてて水槽を風呂場に退避させたり、大小のケースを室内に運び込んでいくと部屋はすぐにいっぱいになった。

いらないラックケースや放置してあったダンボールを捨てて、物に隠れていた蜘蛛の巣を取り払ってしまうと、バルコニーに残るのはいよいよオリーブの鉢植えだけになった。ずっとほったらかしにしていたこともあるし、これはいい機会かもしれないと、オリーブの鉢植えはこの機にもう処分してしまおうと決めた。

ゴミ袋を持ってきて二重にしておいて、葉が散らないよう中にいったん鉢ごと入れる。オリーブの葉はくすんだ緑色をしていて、枝の所々に紫色の実がついているけれど、あらためて近くで見るとずいぶん埃っぽかった。

申し訳ない気持ちで枝に手をかけると、しなやかそうに見えて、枝はかんたんに折れてしまう。ゴミ袋中に広がりビニールを突き破りそうになっている枝をひとつずつ順番にぽきぽきと処理していると、なんだか小動物の骨を折っているようにおもえてきた。

そうやって枝をなくしてから幹を掴んで持ち上げてみると、あっさりと鉢から抜けてしまった。買った時よりも大きな鉢に植え換えておいたはずなのに根はいっぱいに広がっていて、どうやら鉢が小さかったらしく、それも成長の妨げになっていたのかもしれない。

土をふるい落としてゴミ袋を縛り、立ち上がろうとしたところで、何かを踏みつけた。視線を落とすと、バルコニーの白いタイルに赤い血のようなものが飛び散っている。

サンダルの底を確認すると、そこには潰れたオリーブの実と小さな種があった。加工前のオリーブの実のことは知らないけれど、紫色した実の中からこんな赤い汁が出るものなのだろうかと、その血のような染みを近くに落ちていた雑巾で拭きとって、ゴミ袋に放り込んだ。

そ の 十 一

古いトタンの家と半ば廃屋のような物置に挟まれた小道を抜けていると、馴染の野良猫が前を横切った。

餌をくれないけれど害はない人間だと認識されていて、猫は立ち止まってこちらにつまらなさそうな顔を向けていたけれど、すぐ左手で聞こえたどんという鈍い音に驚いて、元いた方向にあわてて逃げていった。

角を曲がると、人の背丈ほどの小さな赤い鳥居と瘡守かさもり神社の祠があって、背後には甘夏の木が立っている。

瑞々しい緑色をした葉の中にはあざやかな橙色をした甘夏の実がいくつも生っているけれど、神社前の埃っぽいアスファルトにもひとつ転がっていたから、先ほどの猫を驚かせた音の正体はこの実が落ちて神社の屋根に当たった際のものだろうと考えた。

神社の青い銅製の屋根にへこんだ様子は見られないものの、地面のオレンジ色の実は少し皮が削れていて、なんとなく甘夏の匂いが漂ってくるようにおもえた。

神社の右手にあるさらに小さな稲荷社には、木から落ちてきたらしい甘夏がすでに置いてある。自分は地面に落ちた実を拾い、先人にならって瘡守神社にも同じようにお供えしておいた。

その時、祠の屋根からとつとつという音がしだした。天気予報よりもずいぶん早く雨が降り出したらしく、頬にも冷たい感触があった。念のために持ってきていた傘を差して雨空を見上げると、灰色の曇り空に甘夏の実と同じくらい鮮やかなオレンジ色をした大きなクレーン車の腕があるのが目に入った。

この辺りでクレーン車を使って工事をするようなことはめずらしい気がして、家並みの上方に伸びているオレンジ色を目指してゆるゆるとした坂を下っていくと、クレーン車は白山神社の脇に停まっていた。

神社には国の天然記念物に指定されている大きなけやきが二本ある。源義家が後三年の役で奥州へ向かう途中に戦勝祈願で植えられたとかいう樹齢九百年を越えた由緒あるもので、明治の頃までは六本残っていたらしいけれど、倒木などがあって今は二本しか残っていなかった。

そのうちの階段を登ったところにある方の欅に作業員が紐をかけているところだった。幹はもうほとんど残っていなくて、掘り起こした根をクレーンで吊ろうとしている最中らしい。

邪魔にならないよう敷地の隅へ移動すると、倉庫の前にはもうすでに撤去された欅の一部が重ねられていることに気がついた。切り刻まれてばらばらにされた幹は、腐敗を防ぐために内部を焼かれた痕があった。

石段上の欅はずいぶん前に胴が枯れてしまい、いろいろと手を尽くしていたようだけれどこの間の台風で致命的な被害があったという話だからいよいよだめになったのだろう。

一方、石段の下にある欅は幹にいくらか空洞がありつつも樹勢回復工事によって塞がれているし、鉄製の支えがあるとはいえまだ立派に枝を広げていて、こちらはまだしばらくは大丈夫なように見えた。

雨は音もなく降っている。誰も口を聞かずにもくもくと作業をしている様子を傘を差して静かに見学していると、欅の周囲にいる雨合羽を着た作業員の他に、古風な菅笠すげがさを被っている者が境内に何人もいることに気がついた。

その人々は特段なにかの作業をしているわけではないらしく、階段下の欅を支えている鉄製のつっかえ棒を珍しそうに触っていたり、幹の太さを確かめるように覗き込んだりしていた。古風な着物を身にまとっていてその足は藁草履わらぞうりで、ちらちらと素早く動いたかとおもうと、参道を音もなく横切っていく。

根に結えられたロープにフックを掛けていた作業員が距離を取って操縦者に合図をすると、クレーン者のモーターが唸りはじめて、いよいよ欅が吊られていった。あっさりと持ち上げられた根は短く縦にばかり伸びていて、かつての大木から考えるとあまりにも貧相におもえた。

クレーンの操縦士が慎重に作業する様を菅笠の人たちもじっと見守っている。傘にあたる音が少し大きくなって、雨足が強まってきたようだった。欅の根に申し訳程度にくっついてきた土がぱらぱらと落ちて、すぐに雨に濡れて濃い茶色に変わった。

そ の 十 二

初めてカラスミに手を出したのは池袋の百貨店で開催されていた九州物産展でのことだった。文房具屋にペンを買いに来たついでに、せっかくだからと催事コーナーで辛子蓮根や明太子なんかをあてもなく眺めたりしてふらついていたら、いつの間にか売人に目をつけられていたようで、勧められるがままにカラスミを買って帰った。

家でその飴色ににぶく輝く魚卵を試してみると、最初はなんともなかったのに、しばらくすると突然、視界のすみずみまでがきらめきだした。なんだか元気が出てくるし、試しに音楽を聴いてみたら一つ一つの音がはっきり分離しているように感じられてなんとも楽しい気持ちになれた。

それからは時々、気分が良くない日はカラスミに頼ってみるようになった。塩気のある魚卵を使うとたちまちその日は特別に一日なったし、散歩に出かければ新緑の季節の街は汽水域の浅瀬に広がる藻のように濃緑色に輝いて、風が吹けばその心地よさにふわふわと体ごと飛んでいけそうなほどだったから、ぼらたちが目を輝かせて水底を泳ぎ回っている気持ちが理解できたようにおもえた。

初めは使用量が少なかったせいか中毒症状もなく、カラスミをすぐに使い切ることもなかったけれど、梅雨の憂鬱さも夏の暑さも過ぎた頃、売人が「これは上物だ、保証するよ」という二本目に手を出した。それはたしかに最初のやつとは比べ物にならなくて、気がつけばいつしか常用するようになっていた。

次第に、カラスミを使わない日は体調が優れないことが増えてきた。風邪を引いたような倦怠感があって、全身が熱っぽいし鼻水が止まらない。それに徐々にだけれど、カラスミ以外の事には興味を失っていくようだった。

「そうそう、軽くあぶってみるとまた違っていいよ」

と、売人に教えてもらった通りにしてみるとさらに一段と良くなったし、二本目はあっという間に使い切ってしまって、それから何本買ったかはもう覚えていない。

売人にはこちらから頻繁に何度も連絡を入れるようになっていたけれど、ある日「ちょっといまこっちヤバいから」というメッセージがあって別の人を紹介されて、そこで初めて生カラスミの存在を知った。

「値は張るけれど段違いだぜ」という新しい売人の言葉は、家に帰って試してみて心の底からよく理解できた。

生カラスミは瓶の中できらきらと黄金色に輝く魚卵の粒で、摂取するとたちまち明るい気分になるのは乾燥のものと同様だけれど、同時に体の奥の方はすっと冷めていくような、相反する不思議な感覚があった。

生カラスミを使ってから散歩に出かけてみると、しんとした夜の街の空気に紛れて、今までずっと気づいていなかったざわめきがありありと聞こえてくるし、それがフィルターがかった波のようにぐわんぐわんと何度も押し寄せてくるみたいで、興奮のあまり夜通し歩き続けてしまった。

日が昇る頃にようやく帰宅して、すばらしいものを手に入れた喜びを噛み締めながら床に着いたものの、これが運の尽きで、地獄の始まりだった。

一度、生カラスミの味を知ってしまうと、もう以前のように乾燥のものでは物足りなくなってしまう。それなのに生カラスミは一瓶あたりの量が少なくて、常用しているとすぐになくなってしまうし、長期の保存が効かない。

生のものは長崎半島の先端にある野母崎のあたりでしか作られておらず、なかなか都内では流通していないから簡単に入手できるものでもない。だから、生カラスミが入ってきていないかしつこく売人に連絡して、あれば金に糸目をつけずに買っていった。

どうしても止むを得ない場合は乾燥カラスミで代用しようとしてみたけれど、以前の量だと全然良くならなくて大量に使用する必要があったから、お金はあっという間になくなっていった。

この頃からは禁断症状が深刻になってきていて、カラスミを切らしてしまうと途端に身体中の神経が敏感になり、ほんの少しの接触やちょっとした外部の音を激しい痛みに感じてしまうし、小さな物音にもいちいち驚いてしまって常に緊張を強いられるから、首や肩は岩のようにがちがちに凝り固まってしまった。

生カラスミが手に入った日にはうれしくて家まで帰るのが我慢できず、公衆トイレの個室でこっそり使ったりもした。するとたちまち繁華街のあらゆる雑多な音が複雑な反響を織り成して混ざり合い優雅なメロディのように聴こえてくるし、人々の足音もきらびやかなハイトーンで頭の中に直接鳴り響くようになった。

そんなすばらしい生活は、法改正によって唐突に終わってしまう。添加物について厳格に取り決められたせいで昔ながらのカラスミが作れなくなっただけでなく、無許可での販売もできなくなってしまったから、自分の人生に豊かさをもたらしてくれていた魚卵はどうやっても手に入らなくなった。

つまり、自分のようにカラスミに依存していた人間は、カラスミを断ち、中毒を治す以外に生きていける道は無くなってしまった。

しばらくの間は暗い部屋で何日も廃人のように悶えていたけれど、ある筋からカラスミ中毒の治療法はとにかく日光浴をして、体内の水分を汗として排出する必要があるという話を聞き、依存から抜け出すために練馬城址公園に出掛けた。

野外に干された鯔の卵巣のように、公園の芝生に転がって汗をかこうとしてみたけれど、禁断症状によって倦怠感や熱っぽさだけでなくありとあらゆる刺激に過敏になっていたから、髪の毛が首筋に触れたり汗が肌を伝ったりする度、また寝返りを打って衣擦れしたり芝生に手が触れたりするだけでも叫んでしまいそうな程の不快さがあったし、近くを走行する車の耳障りなエンジン音や、公園を行き交う人々の和やかで楽しげな会話ですら神経を逆撫でされるように感じて、やり過ごすのにとても苦労した。

すっかりカラスミに頼りっぱなしになっていたから、以前は何に楽しみを見出して暮らしていたのか、かつてクリーンだった頃の感覚はもう思い出せなかった。カラスミを絶ってからというもの、体の調子は悪いままなのに楽しさだけは相変わらず奪われたままで、こんなつまらない世界でこれから生きていかなくてはならないのかと絶望し、何度も死にたくなった。

そうしてなんの望みもないまま公園で一日を過ごしてみたけれど、昼間の公園に寝転んだまま微動だにしない中毒者に対する周囲の視線に幾分慣れてきただけで、禁断症状から来る身体や精神の不調にはまったく変化が見られなかった。

次の日も、そのまた次の日も公園に出掛けたけれど、何も変わらない一日を過ごしただけだった。ただ、その翌る日には少しだけ変化があった。芝生の上に寝転んだままいつしか眠ってしまっていて、起きるとびっくりするくらい大量の汗をかいていたから、何かが良い方向に進みはじめているかもしれないというほのかな期待があった。

次の日も朝から公園へ行き、いつものように芝生に寝転んで空を見渡すと、白い曇り空にぼんやりと光っている太陽の他に、からすが旋回しているのが見えた。

なにか獲物を探しているかのように上空を飛んでいる烏を目で追っていると、紫外線が目を焦がしていくようにおもえてきて、きつく目を閉じた。無遠慮なスピードの自転車が直ぐ側を駆け抜けるついでに、じゃりじゃりとチェーンのきしむ不愉快な音を投げつけて去っていった。

ようやく駅前ビルの解体作業が始まったらしく、重機の発する低い地響きが時折この公園まで伝わってくる。仰向けになったままゆるい太陽光に身を晒し、湿度の高い地面に横たわり、じっと汗をかいて体の中の不純な水分を放出していると、まぶたの裏の暗闇がどろどろと渦を巻いていくような感覚があって、次第に思考がその黒色に飲み込まれていくかとおもうと、眠りに落ちていた。

しばらくは意識を失っていたらしく、閉じた視界をさっと何かが横切ったような気がして目覚めると、公園の遊具に興奮して叫んでいる子供たちの声が聞こえていた。さっきまではどこか浅い海を泳いでいるような夢を見ていた気がして、うっとりとした気分でそれを思いだそうとしていると、腕にぴりっとした刺激を感じた。

目をやると、すぐ側にいた烏が慌てて飛び上がった。烏はそのまま森の向こうへと去っていったけれど、黒くて曲がったくちばしに何か白い布のようなものを咥えているようにも見えた。

おだやかな風が耳元をさらさらと吹き抜けていく。薄い雲の向こうの太陽は、いつのまにか高い位置まで上っていた。体を起こしてしばらくぼうっとしていたけれど、そういえば周囲から聞こえてくる音に不快さがなくなっていることに気がついた。

立ち上がってみると、関節に痛みがあるものの、カラスミを絶ってからずっと身体を包んでいたいつものような気怠さがない。それは本当にひさびさの感覚だった。

そこでようやく終わったことを悟った。

そ の 十 三

練馬駅へ歩いていくのに、ふと思いついて普段は曲がらない角を折れてみて、なんとなくで進んでいると左右の屋根が迫ってくるかとおもう内に、みるみる道が狭くなって、いつしか行き止まりに入り込んでしまっていた。

車が行き交う表通りからはずいぶん離れていたから、このあたりには住宅しかないものだとおもっていたのに、突き当たりに定食屋をみつけて驚いてしまった。

表の扉には定休と書かれた札が掛かっている。スマホで調べてみたけれどその店の情報は出てこなくて、いつ営業しているのかもわからなかった。

その後、昼や夜に時間を変えながら様子を見にきてみたものの、なかなか店をやっているところにはあたらなかった。ただ何度目かの訪問でようやく、昼過ぎに営業しているところに出くわした。

中に入ると古びてはいるけれど清潔にしてあって、いわゆる定食屋のメニューが店内の壁に貼られていた。男の店主が一人でやっているらしく、自分以外に客はいなかった。

そこで食べた生姜焼き定食のことは忘れることができない。その肉厚な豚肉は普通であれば生姜焼きには使わないようなランクの肉なのだろう、濃厚な味付けを突き抜けてくる肉の旨みがあって、それは今まで食べたことのない、生姜焼きの概念をくつがえすほどのおいしさだった。

会計の際、店主においしかった筈を伝えたけれど、淡白な反応があっただけだった。いつ営業しているのか尋ねてみると、基本的に土日は休んでいて平日のみ、不定休だけれど、水曜日はやっていることが多いかもしれないと言葉少なに教えてくれた。

散歩途中に店の様子を伺う習慣をつけて、定休日の札を見ることがありつつも、日時をあらためて何度か来てみたら、ようやく夜営業しているところにあたった。夜は定食だけでなく居酒屋としてもやっているらしく、テーブルに置かれたメニューには昼間に食べた定食の他に、酒やおつまみなどが載っていた。

自分の他に客はいなくて、流行っている雰囲気はなかった。いくつか料理を頼んでみたけれど何もかもがおいしくて、人に知られていないのは間違いないのに食材はどれも新鮮だし、店をどうやって回しているのか不思議で仕方なかった。

炙りレバーや焼き鳥、もつ煮込みやカットステーキなど、どの料理も良かったけれど、店で仕込んでいるという特製ローストビーフが特にすばらしく、カウンターの中で作業をしている店主に話しかけてそのことを伝えると、少しだけはにかんだように見えた。

この前、品川の食肉市場で毎年行われている祭りにいってA5ランクの肉を食べたけれど、ここのお店のほうが全然おいしいとお世辞ではない心の底からの感想を言うと「あの祭りを知っているんだな」という反応があった。

店主は食肉の流通について長年の経験でしかわからないあれこれを教えてくれて、話の流れからレバ刺しが禁止されるに至った事件について、素人が下手に扱っただけで昔からやっているプロにまかせていればこんなことにはならなかったのに、またユッケみたいな生肉が食べたいなどという話題で盛り上がったけれど、店主はふと思い出したように「そういうものに興味ありますか」と、神妙な面持ちで聞いてきた。

「毎月、内輪の会を土曜日に開いていて、ちょうど欠員があるんですが、次の開催によかったらどうですか」

二週間後の指定された土曜日は今にも雨が降り出してきそうな空模様で、店へやってくると定休日と書かれた看板が湿った風に揺れていた。

店の扉にはカーテンがかけてあるから中の様子はわからない。後ろを振り向き、人に見られていないことを確認してから扉を押してみると鍵はかかっていなかった。すっと開いたドアから店内に入ると、ほんのわずかな明かりの中、店内を埋め尽くした客の視線が一斉にこちらを向いた。

カウンターの中にいる店主が「その席で」と、一番奥の四人がけのテーブルを指した。

壁に向かって腰掛けると、すでに席についていた向いの夫婦らしき二人組が会釈をしてきた。自分のすぐ後にもう一人、小太りの男が入ってきて、隣に座った。急いで走ってきたらしく息が上がっていて、不快な熱気が横から漂ってくるようだった。

全員が揃ったらしく、「それじゃあはじめます」という一言を残して、店主は奥に引っ込んだ。

しばらくすると最初の料理が運ばれてきて一人に一皿ずつ、目の前のテーブルに置かれていった。照明が背後にあるせいで影になっていてはっきりはしないけれど、真っ白くてよく冷やされた皿の上には、蠱惑的なピンク色をしたものが載っているのがわかった。

隣の男が「レバ刺しなんて本当に久々ですよ」と独り言をいい、すぐに食いついて鼻を鳴らした。自分もゴマ油につけて食べてみると、新鮮そのものでなんの臭みもない。噛み切る瞬間にだけわずかな抵抗があり、あとは風味を楽しむだけという、生食が禁止されてからはすっかり忘れてしまっていたひさびさの感覚を味わった。向かいの夫婦も感嘆の息を漏らして、お互いに微笑みあっている。

食べ終わってしまうのが惜しくて、一枚ずつレバ刺しを食べていると、背後からさあさあという音が聞こえてきた。どうやら外では雨が降りはじめたらしく、室内の空調から吹き出す風が少しだけ冷たくなったように感じた。

次はローストビーフが出てきた。以前に店で食べた物よりもさらに生に近くて、夢中で食べていると向かいの夫婦と目が合った。

「本当においしいですね」

「本当に、この会にはよく来られているんですか」

話を聞くと、夫婦は元々この秘密の会について存在を知っていたらしく、店には根気強く通ってようやくこの度、招待されたということを話してくれた。だから、自分がたった二度で会に案内されたことを伝えると心底驚いたようだった。横で聞き耳を立てていた男も「そんなことがあるのか」と会話に入ってきた。

月イチで開催されているこの会は、常連客のうちでも店主が認めた人にしか知らされておらず、それほど広くない店内に入れるだけの人数しか招待されない上、あまり人の入れ替わりがないらしく、どんなに希望してもなかなか参加できないことを隣に座った男が早口で説明してくれた。

表の雨は本格的になってきて、少し風も出てきたのかざあざあという音が断続的に強くなったり弱くなったりし出した。厨房では何か揚げ物を始めたらしく、外に呼応するかのようなさらさらという油の心地よい音がして、香ばしい匂いが漂ってくる。

「だからあなたはすごくラッキーですよ」

ローストビーフをあっという間に平らげて手持ち無沙汰になった隣の男は続いて、自分がいかにこの店に通っていて、どれだけお金を落としたかという風なことを自慢しはじめた。

向かいの夫婦はそれに取り合わず、

「ずっと長い間、同じ面子で固まりすぎていたんでしょう。少し新しい人も入れてみようかと店長が言っていたから、そこにちょうど我々が入れたみたいだ」

「タイミング次第なんですよね、きっと」と、こちらに同意を求めるように言った。

夫婦が追加注文した瓶ビールと一緒に次の料理のトンカツが運ばれてきて、店主からは「市場には絶対に出回らない豚肉です」という説明があった。

そのトンカツはとんでもなく分厚くて、ソースと芥子からしをつけて口に運ぶとあまりの旨味にあきれてため息が出てしまった。店内のあちこちからも同じように嘆声が漏れるのが聞こえてきた。

通り雨が一段と激しくなってきたらしく、入り口の扉のガラスにばちばちと当たる音がしはじめた。

向かいの夫婦や隣に座った男と目があったけれど、お互いに「おいしいですね」という言葉しか出てこなくて、グルメ番組で味を説明しているのは嘘だなどと笑い合った。ロースらしく濃厚な脂身がいつまでも芳醇に口に残るのを感じながら、あとは貪るように自分の皿に熱中した。

トンカツが最後の一切れになって、食べ切ってしまうのが惜しくて一息つこうと水を飲み、ふと顔を上げると、向かいの席の夫婦の唇がびかびかと光っているようにおもえた。鼻息荒くトンカツにかじりついている隣の男をちらりと横目でうかがうと同様で、料理に興奮して汗をかいているのか、唇だけでなく顔中が異様にぬるぬると光を帯びているかのようだった。

その時、外で雷が落ちたらしく、不意にカーテンの隙間から鋭い光が差し込んできて、店内がぱっと照らされた。途端にがらがらと鍋をひっくり返したような雷の音が鳴ったので驚いて振り返ると、客の唇だけが稲光を湛えたように、陰気な店内に生々しく浮き上がっていた。

そ の 十 四

朝早くに家を出ると隣の家の爺さんが表に立っていて、こちらに気づいて「おはようございます」と声をかけてきた。

あまりに咄嗟の出来事だったから声が出なくて、軽く頭を下げただけで通り過ぎ、背中に視線を感じたまま駅へと向かった。

隣家の爺さんは開け放った窓から昼夜を問わずテレビの音を垂れ流しているだけでなく、やけにすかすかで目隠しの用を成していない生け垣の隙間からいつも外の様子を伺っている風な住人だったから、挨拶されたことは驚きというよりも不気味にしか感じられなかった。

駅前の喫茶店に入って、いつものようにコーヒー注文すると、ちょうど切らしていて新しいのを淹れるから少々お待ちくださいということになったけれど、他の客もいなかったこともあって、

「しばらく試合がないのでさびしくなりますね」

と、カウンター向こうの顔見知りの店員さんが話しかけてきた。

最近はNBAの試合をチェックする習慣ができていて、少し前に店員さん同士がバスケの話をしていた所に加わり最近はマブスがおもしろいという話で盛り上がったこともあって、その後も度々、世間話をするようになっていた。

「いや、今週末からいよいよファイナルが始まりますよ」

「ああ、そうでしたそうでした」

「それにもうすぐパリ五輪が始まるから、ドリームチームを観られるという話もした気がしましたけど」

「たしかに、忘れてました」

そこへ別の客がやって来たのと、コーヒーも出来上がったこともあって会話は立ち消えになったけれど、階段を上がりながらどうにも引っかかるところがあった。

当初はまともにバスケの話ができていたはずが、ある時から急にKD(ケビン・デュラント)とAD(アンソニー・デイビス)を混同することがあったり、ポジティブな試合の見方をする人だったのに突然ヘッドコーチ批判を始めたりして、まるで中の人が入れ替わってしまったかのように、最近は会話の内容や知識にちぐはぐな雰囲気を感じていた。

それにカイリーとの因縁もあって、マブス対セルティクスのファイナルはとても楽しみだという話で意気投合していたから、それを忘れてしまうとは到底おもえなかった。

もやもやしたままコーヒーを飲み終わり、店の外へ出ようとした時にその店員と目が合ったけれど、こちらを避けるようにあわてて視線をそらされてしまった。

改札を抜けて駅のホームで列車を待っていると、線路の向こうの自転車置き場に若者がいるのが目に入った。誰かと電話をしているらしく、会話に集中しているのか視線があちこちを彷徨っていたけれど、ホームに立っているこちらの姿を認めると若者は何故か会釈をしてきた。

まったく面識のない相手だったから驚いた顔をしたのが伝わったのか、その若者はしまったといった感じで視線を逸らし、くるりと後ろを向いてしまった。

その日の夜に駅から自宅へ向かっていると、魚屋の前で店主と出くわして「今日は遅い帰りですね」と、声を掛けられた。しばらくは他愛もない世間話に付き合ったけれど、店主にふと「ここ最近は毎日のようにお会いしてますね」と言うと「そうですかね、一昨日は顔を見てない気がしますよ」と、どこかはぐらかされてしまった。

魚屋の店主はいつも店内で魚をさばいたり惣菜を作ったりと作業をしているから、以前であれば外で顔を合わせることなどなかったはずだった。それに通りを遠目から見て、外に姿がないことを確認してから歩きはじめても、店に近づくとまるで待ち構えていたかのようにいつも店主は現れた。

同じことが何回か続いてさすがに気味が悪くなり、魚屋の裏手の道を通るよう帰宅のルートを変えてみたこともあった。すると今度は一度も花を買ったことがないのに花屋の店員が話しかけてくるようになったから、最近はもうあきらめて魚屋の店主と空虚な世間話をすることにしていた。

自分は誰にも干渉されずに生活できる都会が好きなのに、近頃はいつも誰かがこちらを気にしているようにおもえるし、積極的に話しかけてきてコミュニケーションをとろうとしてくる。それはまるで街が住民総出で親密さを押し売りしてきているようにも感じられた。

こんな事態になったのに思い当たる節があるとすれば、物が増えすぎて手狭になった家からの引越しを検討しはじめて、賃貸検索サイトで相場をいろいろと調べてみたり、気になる土地に出掛けては現地の不動産屋で物件を探したりするようになったことぐらいしかない。

豊島園のあたりは再開発が進んでいて周辺の家賃も少しずつ高くなっているようだから、いま住んでいる部屋も次の更新時にはだいぶ家賃が引き上げられそうな予感があった。それに先んじて動き出しているのだけれど、自分を豊島園に引き留めようとする何らかの力が働いているとしかおもえなかった。

翌る日は仕事のトラブルに巻き込まれて帰りが遅くなって、改札を出たら周辺のお店は閉まっていたけれど、最近、自分が酒に興味を持っていることを悟られているかのように、おしゃれな立ち飲み屋の店員が呼び込みをしてきた。

それを適当にあしらってから、夕食を買いにコンビニに寄った。長年、同じコンビニで働いているけれどずっと無愛想だったはずの店員と少し立ち話をしてから家へ帰り、くたくたに疲れていたこともあってすぐにお風呂に湯を溜めはじめたところでインターホンが鳴った。

ドアの覗き穴の向こうには見知らぬ女が立っていて、「どちらさまですか」と尋ねると、その女は「隣のものです」と答えた。おそるおそる玄関の扉を開けると、何やらタッパーを持っている。

「肉じゃがを作りすぎたので、もしご迷惑でなければとおもって」

もうかれこれ何年も住んでいるこのマンションは普段、住人同士の交流は一切ない。新しい人が引っ越してきても挨拶などなく、他人に干渉しないところが気に入っていたのに、住民がインターホンを鳴らしてくるのは初めてのことだった。

それに、そもそも隣に住んでいたのは廊下ですれ違っても目すら合わせない、根暗な男だったはずだ。

隣の部屋の住人を名乗る女はどこか潤んだ目をしていて、こちらがいぶかしんでいるのに構うことなく、

「ちょっと中に入ってもいいですか」

と、一歩踏み出してきた。

そ の 十 五

練馬がかつて農村だった頃の名残は、肩身を狭くして立ち並ぶ住宅の間に悠々と割り込んでくる畑くらいしかない。古くからの地主がおそらくは半ば道楽でやっているようなその畑には季節によって様々な野菜が植えられていて、散歩ついでに眺めているだけで楽しい気分になる。

練馬大根という言葉はこの辺りに引っ越してくる前に聞いたことはあったから、練馬ではあちこちで作付けされているものだとおもっていたのに、そういった畑で育てられている作物の葉の形に大根のものが見当たらないことに気づいてどこか不思議で仕方なかった。

そんなある日、めったに用事はないのに区役所へ行く必要があって、待ち時間の暇つぶしに普段は気にも留めない生活補助や給金だとか観光用のパンフレットを眺めていたら、ラックの中に練馬大根の魅力をアピールするための冊子をみつけた。その冊子は文字が一昔前のもので、アナログ時代のものをコピーして手で製本している雰囲気があった。

気になってぱらぱらとページをめくってみると、伝統だとか古い伝説などの紹介に続いて、練馬大根は他の品種に比べて細長く成長するため引き抜くのに労力がかかることから忌避されて作る人が少なくなったこと、単純に需要と価格の理由で今は農業体験用としてごく一部の畑で作られているに過ぎないことなど、現況についての仔細な説明があった。

冊子の最後には「練馬大根に興味を持った方、その魅力を発信していきたい方は是非ご連絡ください」という文章と共に『練馬大根を守る会』と発行者名が記載されていた。しかし、その連絡先は何故かマジックで黒塗りに潰されていて、余白に手書きで電話番号と住所が書き直されていた。パンフは何枚かあったので他も確認してみたけれど、ご丁寧にどれも同じような修正があった。

練馬を『NERIMA』とローマ字で表記して、その真ん中の文字『ERIM』だけを抜き出してエリム春日町と名付けられた高層マンションが春日町の交差点に建っている。マンションの地下には大手スーパーが入っていて、二階は図書館、一階には中華料理屋や薬局など雑多な店舗がある。

持ち帰った練馬大根の冊子に書かれていた住所と電話番号はエリム春日町の一階にあるカイロプラクティックのもので、好奇心だけで訪ねていくのはやや気が引けたものの、地下のスーパーに買い物に行ったついでに寄ってみることにした。

中にいた男は暇をしていたらしく、声をかけると新規の客かと勘違いされたけれど、

「練馬大根のパンフを見てきました」

と、バッグにしまい込んでいた冊子を取り出すと、椅子から立ち上がりかけていた男の目付きが鋭くなった。

「今日はだめだ」

男は椅子に座り直して、見定めるようにこちらを睨みつけてくる。言葉に詰まっていると、「暑くて天気のいい日が続いているから今は良くない、来るなら雨の日にしてくれ」とだけ返事があり、くるりとこちらに背を向けて、男は帰ってくれというように手を振った。

しばらくは晴れの日が続いて、一週間後にようやくまとまった雨が降った。

再び春日町まで歩いていって店に顔を出すと、暇そうにしていたカイロプラクティックの男は本当に来たのかというように驚いた顔をしたけれど、すぐに立ち上がり、店のドアに外出中の札をかけて「ついてこい」とだけ言って歩き出した。

雨はしつこく降り続いていて、どうも長雨になりそうな雰囲気があった。傘を差して無言のまま後をついていくと、男は環八沿いに西へ少しだけ歩いてから右に折れた。曲がった先は住宅街で、すぐに小さな公園があり、道路に面した場所にこんもりとした背丈ほどの円墳状の塚があった。圓淨えんじょう法師が自ら進んで生きたまま埋められたという伝説があるその塚は耳塚とも呼ばれていて、お参りすると耳が良くなるといういわれがあり、ささやかな社が建てられていた。

社の裏手にまわり込んで、男はこちらへ来いと手招きした。男がしゃがみ込んで南京錠を外し、地面にある古びた木製の蓋を開けると、そこには思ったよりも広い地下の空間があって、身震いするような冷気と共にカビくさい臭いと強い獣臭が漂ってきた。

「晴れの日が続いていると臭いがきついから、雨の日のほうがいいんだ」

冷暗所のような空間に目を凝らしてみると、暗がりの中に白くて細長いものが何本か見えた。穴蔵の湿った地面から生えているそれは見方によってはたしかに大根にもおもえるけれど、どちらかといえば雑に切り取られた何らかの動物の四肢が逆さに突き刺さっているようにしか見えなかった。

横目で男の様子を伺ってみたけれど、男は黙ったまま微動だにせずその白いものをみつめていて、雨が傘を叩く音だけが続いた。

沈黙の意図をはかりかねて、「これはなんですか」と尋ねると、

「練馬大根だよ、あんたはこれが見たかったんじゃないのか」

男はこちらを向いて、呆れたような顔をした。

そ の 十 六

日没と同じ時刻に散歩を始めると、現実か夢かわからなくなる時がある。光源が消え去って影や奥行きが無くなった平たい景色の中を歩いているうちに思考にまりがなくなってきて、どこまでも続く住宅街をあてもなく歩いていると、いま目にしているものが実際に視覚された風景なのか、記憶から取り出されて再構築された街なのかがあやふやになってくる。

コンビニで買ったアイスコーヒーを飲みながらだったからその曖昧さにさらに拍車がかかっていて、散歩のついでに何かの目的があったはずが、冷たいコーヒーに口をつける度、頭の中にあったはずの用事がさっぱり洗い流され、遠ざかっていってしまうようにおもえた。

住宅街はいよいよ夜に落ち込んでいて、どこか遠くからぎゃあぎゃあという何かの鳴き声が聞こえてくる。

シューズの分厚いソールが着地の感触を吸収してくれていて、いつもよりアスファルトが柔らかく、ふかふかとした感触があった。街灯の少ないぼんやりした道をそうしてふわふわした気持ちで歩いていると、駅前に出た。

周辺に人気はなく、改札は閉まっていて、駅構内の照明も消されている。終電はとっくに終わってしまった様子で、気づかないうちにずいぶん長い時間歩いていたようだった。

駅の正面では重機が大きなハサミを振り回し、ごうごうと低音を響かせながら、建物の外壁を取り壊している。飲食店と雑貨屋の入っていたその建物は老朽化に伴う再開発で取り壊しになると決まってから、しばらくの間は敷地が真っ白い仮囲いパネルで囲まれたままだったのに、いよいよ工事が始まったらしかった。

重機が壁をねじり取るとコンクリートの中に埋め込まれた鉄骨がきしんで、上物を剥ぎ取られた基礎が地面を揺らした。すぐ横にある分譲マンションも一緒になって揺れているように見えて、こんな夜分にまでお構いなしで工事をして大丈夫なのだろうかとしばらくその作業を眺めた。

通行人は見当たらず、周辺に警備員や交通整備の係員も配置されていない。夜間に作業するくらいだからよほど急なスケジュールなのだろう、掲示された情報を読もうと工程表に近寄ってみたけれど、どうにもぼやけていて見にくかった。必死に目を凝らしていると、慌てた様子で足元を右往左往しているネズミの群れがいることに気がついた。

そのうちの一匹が足にぶつかってきた。脇腹にはえぐられたような傷があって、黒く血が固まった痕がある。

ネズミはこちらの足に齧りつき、抗議するように言った。

「お前ら人間はまたこうやって居場所を奪おうとするのか」

話を聞くと、彼らは今まさに解体中の建物に住んでいるネズミの家族らしかった。建物には寿司、パスタ、中華食べ放題の飲食店が入っていたから、食べ物には困らなかっただろう。

住処だったらそこの建物でいいんじゃないですか、とネズミを掴んで持ち上げて、駅の左手にある古い建物を指差して見せた。昔からあるその一角には魚屋や八百屋、スナックや中華料理など様々な店舗が入っていて、ビルは古いながらも取り壊される予定は今のところはない。

「そこは頻繁に殺鼠剤が撒かれているからだめだ」

ネズミは背中を掴まれることを良しとしないらしく、手を振り解いて肩に飛び乗ってきた。

「それに、乱暴なねずみがあまりにも多すぎる。争いごとは好まない」

足元を走り回っていた他のネズミたちも口々に何かを訴えはじめたけれど、重機の音にかき消されてわからなかったから、声がよく聞こえるようにしゃがみ込んだ。

「あそこのビルの奴らは縄張り意識ばかりが強い。ならず者の集まりだ」

「殺したネズミを吊るして見世物にしていたのを見たことがある」

「駐車場にネコが居着いているし危険だ」

その時、重機が壁を打ち崩したらしく一際ひときわ大きな振動があった。足元のネズミたちは驚いていっせいに飛び上り、あたふたと慌てた様子で、仮囲いパネル下の隙間を出たり入ったりしだした。

ふと思いついて、「豊島園通りを渡ったところに、インドカレー屋があるけれど、そこはゴミの出し方が雑だから食べ物には困らないとおもう」と、肩に乗ったネズミに伝えると「そうか、しかし」ヒゲを震わせながら思案した後に「人間には、道を渡る行為の危険性について理解できないだろう」と、ネズミは答えた。

「人間であれば見通しが効くし道路の幅ぐらいはすぐに渡れてしまうだろうが、我々にとって、道路を横切るという行為はとても危険なものだ。どれだけ多くの仲間が死んでいったことか。車のライトに気づいた時にはもう手遅れだ」

たしかにこうしてしゃがんでネズミに近い視線の高さでいると、ほんの少しの傾斜でも先が見えにくかった。

「夜間であれば、それほど交通量はないから大丈夫なはずだ。それにカレー屋の先には地域の集会所もある。周囲には木が植えられていて隠れやすいだろうし、建物の軒下が抜けた構造をしていたはずだから、そこに入り込んでしまえば少なくとも住処には困らないとおもう」

人間の意見を聞き、ネズミは取り壊されていく建物を眺めたまま思慮しているようだった。しばらくして、髭を震わせながら「それは素晴らしいことだ」と、ネズミは言葉を発した。

「しかし、どんなに可能性が低くても、道路を渡ることには大きなリスクがある。家族の命もかかっている。可能性が完全にゼロでない限り、車と鉢合わせてしまえば命はない。それはどこまでいってもただの運任せでしかないから」

工事の重低音とは別に、どこかからまたぎゃあぎゃあと鋭い鳴き声が聞こえてきて、はっとしたようにネズミが声の方向に耳を立てた。さっきも聞こえていたけれどあれは何の鳴き声だろうとネズミに尋ねると、すぐに「猿だ」と、返事があった。

「今日は庚申の日だから、こんな街の方まで猿がやってきている」

それで頭の中でからからと記憶が蘇り、忘れていた用事は庚申待こうしんまちに向かうことだったのを思い出した。最近、立ち話をするようになった駅前の花屋の主人に誘われたもので、城址公園の先にある道楽橋を渡って坂を上がったあたりで、今夜は夜通し庚申待をやっているはずだった。

解体作業はいよいよ建物の奥の部分に取り掛かったようで、ハサミが防熱剤や配管ごとありとあらゆるものを破壊しはじめた。「ああ、もう時間がない」肩のネズミは飛び降りて、「家財を運び出さなくては、さっきの話は参考にさせてもらう、ありがとう」と、パネルの下をくぐり、他のネズミたちと共に去っていった。

駅前を後にして、道楽橋を目指して石神井川沿いに散歩を再開すると、さっきまでは遠かった猿の鳴き声が、左手にある遊園地跡地の森の中から聞こえはじめた。

城址公園を過ぎると、断続的に続いていたその声がいよいよ川向こうの茂みの中から聞こえてくるようになった。いつのまにか猿が近づいてきているらしく、鳴き声にはこちらを非難し、どこか威嚇するような調子があった。

庚申の日だからやはり猿も気が立って騒いでいるのかもしれない。庚申待を開催している場所まではまだまだ距離がある。薄暗い川沿いの道と川の向こうに黒々と広がる森を眺めていると、この先の夜道を今から歩いていくのが急に怖くなってきて、家に引き返してしまった。

次の日の朝に起きて駅へ向かってみると、駅前ビルは地下の基礎まですっかり掘り起こされていた。その跡も何日かですぐに埋め立てられてきれいな更地になり、砂埃が舞わないよう黒いビニールが被せられて、ひとまず解体工事は完了したらしかった。

そうこうしているうちに、近所の集会所の方でも大規模な改修が始まった。そんな工事の予定があるとは知らなかったから驚いているうちにみるみる作業は進んで、軒下が埋められ、敷地内の広い庭に植えられた様々な植物はほとんどひっこ抜かれて、囲っていた植木も伐採されて見通しが良くなり、すっかり様変わりしてしまった。

近所でも戸建てが外壁の補修を始めたり、ガス管の工事があったりして、今まで止まっていた街が急に動き出したようにもおもえた。

そんなある日暮に散歩に出掛けて、アイスコーヒーを片手に豊島園通りを渡っていると、坂の途中の車道に小動物が死んでいるのをみつけた。近寄って確認してみるとその死骸はネズミのものらしいけれど、車に轢かれた様子はなく、背中から腹にかけてばっさりと何か鋭利な爪で引き裂かれたような跡があった。

そ の 十 七

部屋に溜め込んでいた燃えるゴミの袋を出しておこうと思い立ち、夜中にサンダルを履いて外に出た。雲が空を覆っていて街の灯りを反射しているから、夜なのにずいぶんと明るかった。

マンションの外に置いてあるゴミ入れの蓋は開いたままだった。袋を投げ込んでからカラスに食い散らかされないよう蓋を閉めたところで、立派な葉のついたツタがゴミ入れの取手に巻き付いているのに気がついた。

ツタはゴミ入れの裏の塀を伝って、道路を横切る電線にぎっしりと絡みついている。その先を目で追っていくと、細い電話線と電柱を経由して、道を挟んだ向かいにある古びた空き家からやってきていた。

住む人がいなくなった一軒家は放置されてからずいぶん経っていて、すっかり全体をツタに覆われている。ツタは空き家と一体化するだけでは飽き足らず、地面や隣接するブロック塀や電柱、主線から別れる配線などありとあらゆる伝手つてを頼って、周囲の建物にその触手を伸ばそうとしているらしかった。

そのうち大気が不安定な日が続いて、通り雨というよりも嵐に近い雨が夕方にやってくるのを繰り返していると、やがて夏になった。

向かいの空き家は権利関係の問題があるのか変わらずだったから、ツタはすくすくと周囲を侵食していった。うちのマンションの外壁に根を食い込ませて妙に生々しい緑色をした葉を茂らせるようになったし、周囲の家々も同様に、ブロック塀を超えて庭木に絡んでいたり、壁を登り屋根にまで達しているところもあった。

毎月、特に何もないのに管理費という名目で家賃にプラスして引き落としされている分があって癪だったから、マンションが緑に覆われてしまう前になんとかしてくれるよう不動産屋に連絡してみたものの、いつまで経ってもツタが処理されることはなかった。

ツタの生育にはいいのだろうけれど、人間にとってはクーラーをつけていても寝苦しいほど蒸し暑い日があって、夜中に目が覚めてしまい、枕を立てて汗だくのままもたれかかって呆然としていたら、外から叫び声が聞こえてきた。立ち上がり静かに窓を開け、息を潜めて様子を伺っていると、隣の一軒家から何かを罵倒している声が響いている。

隣家には引きこもりのゲーマーがいて、うまくいかないバトルロイヤル系のFPSに発狂しているのだろう。隣の家はエアコンをつけない思想の家庭らしくて、いつも窓を開けて扇風機で夏の暑さをしのいでいるから、自分はうまくやっている、チームメイトが下手すぎる、今のは当たってるだろという叫んでいる内容までよく聞こえてきた。

こちらとしては叫んでみても暑さがどうにかなるわけではないから、水風呂にしばらく浸かって体を冷やしてなんとか眠りについた。

例年とは比べ物にならない馬鹿馬鹿しいくらい暑い夏で、台風が雨ばかりを降らしていくから蒸し蒸しとした湿度の高い日が続くのと、どうも景気の良くない人が多いのが理由かもしれないけれど、歩行者の自分を轢く勢いで右折してくる軽トラックがいたり、そもそも信号を無視して突っ込んできたのに横断歩道にいるこちらを睨みつけていく去っていく車がいたりと、荒い運転の車に遭遇することが何度か続いた。

あとは無性にいらつかされることが増えた。駅のホームに整列していた自分の前に小汚い年寄りが割り込んできて電車の座席を横取りされるし、池袋駅の構内をずっと周回してストレスを発散しているスリップノットのTシャツを着た当たり屋にぶつかられてスマホを落としてしまって画面が割れるし、改装したラーメン屋の味が全然別物になってしまったし、銀行のATMでカードが返ってこないし、それに新調したバスタオルがいくら洗っても毛が抜けて仕方ない。

屋根をすっかりツタに覆われて、ふさふさとした葉に支配されるようになった隣の家の住人は頻繁に狂うようになって、寝に入る頃から始まる叫び声は、外が白々として夜が明けてきてもなお続いている日が多くなった。

それに、出勤しようと階段を降りていると、マンション一階の住民同士で起きた騒音の揉め事を仲裁しに来た警察と出会でくわしたこともあった。世間の至る所で細々としたことがどうもうまくいっていないようにおもえて、自分も隣の住人のように叫び散らかしてみたら気が晴れるだろうかと考えたけれど、実行に移すところまでは至らなかった。

長い夏もようやく後半に差し掛かろうとしていた頃、ツタの根源になっていた空き家の処理がようやく決まったらしく、解体業者がやってきて工事が始まった。古いトタンの家屋だからいとも簡単に取り壊されて、建物を覆っていたツタもずたずたに切り裂かれてトラックで一緒にどこかへ運ばれていった。

根本がなくなったことで、空き家から四方に伸びていたツタもしばらくすると枯れはじめた。電線を伝っていたものや壁を這っていたもの、周囲の一軒家の屋根にまで伸びていた茎や葉は茶色く干からびてもしばらくは執念深く残っていたけれど、二つ続けてやってきた大型の台風に飛ばされたのか、気がついた時にはすっかり消えていた。

向かいの空き家の跡地は次の利用方法が特に決まっていないらしく、アスファルトで舗装されて、とってつけたような小さなコインパーキングが作られた。

例年よりも遅い秋がやってくると、野外や室内から湿気がさっぱり消え去って、おだやかな日々も戻ってきたようだった。隣の住人もゲームをすっかりやめてしまったわけではなさそうだけど、叫び声が聞こえてくることはなくなり、夜は以前のように、静かに流れていくようになった。個人的にむしゃくしゃするような出来事も少なくなってきたから、猛暑でただ自分の気が立っていただけなのかもしれないと考えた。

空き家の跡地にできた駐車場には二台しかスペースがないのに、ほとんど利用されている雰囲気はなかった。一時的なものだからと手を抜いているのか、工事で舗装されたアスファルトの所々にひび割れているところがあった。

その亀裂の一つは下から何かに突き上げられているのか日に日に盛り上がってきて、しばらく経つと灰色のアスファルトを破り、鮮やかな緑色をしたツタが地面に姿を現した。

なにか心がざわざわする気がして、ビッグモーターが街路樹を枯らすのに用いていたという評判の除草剤をその日のうちに通販で注文しておいた。

翌日に届いた除草剤を手にして、深夜にこっそりと外に出た。駐車場のツタはわずか一日でもう人の背丈ほどの長さにまで成長している。ツタは以前のようにまた茎を伸ばしながら、どこか掴まれるフェンスや壁がないか地面の割れ目から空に向かって、その触手で探っているようだった。ツタがこじ開けたアスファルトの亀裂はますます広がってきていて、この下にどれだけ根が広がっているのだろうかという恐ろしさがあった。

業務用の除草剤は希釈して何十回も使用できるほどの量で、ボトルは片手でぎりぎり持ち上げられるくらいの重さがある。それをすべて原液のまま、ツタが生え出してきている穴の中に容器が空になるまでしっかりと注ぎ込んだ。

何日かはツタに変化はなく、除草剤はあまり効果がなかったのかとおもっていたけれど、しばらくすると割れ目から伸びる茎や葉がどす黒くなって枯れていることに気がついた。ツタはまるで干からびた猿の腕のように力なく地面に横たわっていたけれど、珍しくコインパーキングを利用した車があったらしく、タイヤに踏み潰されてそのうち跡形も無くなった。

そ の 十 八

外へ出ると、ぼんやりとした太陽から注がれる湿っぽい光が体にまとわりついてくる。昨夜は雨が降ったらしい。地面はまだいくらか濡れていて、蒸発しそこねた夜雨の残りがゆらゆらと辺りを漂っていてるから、すぐに汗が吹き出してきた。

じめじめとした湿気で空は垂れ下がっている。もう少し日が高くなって太陽に暖められればいくらかはしゃんとするかもしれないけれど、近頃は曖昧ではっきりしない天気が続いていることもあって曇り空の所々に皺ができていた。

豊島園通りは電線の地中化工事が進められていて、アスファルトに穴を掘ったり埋めたり、作業員がせわしなく電信柱を登ったり降りたりしていた。工事のために道路は片面通行になっていてひどく渋滞しているけれど、中程に救急車が停まっていることで混雑に拍車がかかっているようだった。

交通整理をしている警備員が困っている横で、地下鉄の出入り口前では取り乱した老婆が担架に乗せられ、

「映画館にバスが突っ込んできた、すんでの所で避けたが私はもう死ぬ」と叫びながら、救急車へと運ばれていくところだった。

老婆は特に怪我があるようには見えず、そもそも映画館に車が突っ込んだ様子もなくて、救急隊員の人たちもどうしていいものか対処に悩んでいたけれど、おそらくそのバスはかつて映画館の場所にあった転回場に入ってこようとしていた幽霊バスだから、お婆さんの命もそう長くはないだろう。

ずっと連なったまま動かない車を悠々と徒歩で追い越して、豊島園通りの坂を下り中之橋の手前を右に折れると、石神井川の抜けた先にあった重たげで黒々とした雲と目が合った。

待ち構えていたかのように、雲はみるみるうちにこちらへやってきて、水槽をひっくり返したような雨を降らせはじめた。しかし、準備不足だったとみえて、慌てて落ちてくる雨粒にはまだムラがあった。

大粒の雨はほかの雨粒を押し除けてばちばちと地面に突き刺さる。小さなものはそれらに弾かれて散り散りになり、霧状になってしばらくは空中を漂った。

雨雲はあっという間に通り過ぎて、湿度の高い空気だけを残して雨もぱたっと止んでしまったけれど、耳の奥ではさあさあという微音がずっと鳴り続けた。なんとなくその雨音のようなノイズを聴いていると、まだ朝なのにもう眠たくなってくるようだった。

最近は頭の中がはっきりと澄んでいる時間が少なくなってきた。以前ほど活動的ではなくなった実感もあるし、老いというものを意識するようになった。スーパーで買い物したり飲食店で外食するくらいで地域に何ら貢献もせずのそのそと生活しているけれど、そういったことを何年も繰り返しているうちに随分と歳をとってしまったらしい。

そして同じ土地に長く住みすぎたせいで日々の速度がますます早くなっていて、時々なにかを考えて、すぐにそれを忘れてを繰り返すようになった。

忘れっぽくなったのは視覚からくる記憶が重なりすぎて、頭の領域に空きが少なくなっているせいかもしれない。毎日、同じ住宅街を眺めて暮らしているから、街の風景や建物のあちこちに記憶が積み重なっていて、たとえば今は修理されて綺麗になった戸建ての外壁に張り替えられる以前の薄汚れたサイディングの模様がレイヤーになっているし、雑草の生えた空き地には電気会社の社宅がかつてあった姿のまま再現されている。

頭の中に所有している過去の風景はすっかり網膜に焼き付いていて、そう簡単に除去できるものではない。だから近頃では映像処理の負荷が高く、脳が処理しきれなくなってきたのか前よりも散歩できる距離が短くなってしまったようにも感じる。以前に住んでいた街でも記憶が積み重なりすぎ、耐えきれなくなって引っ越しをしたことがあったから、そろそろ記憶のリセットの為にこの街からの移転を考えた方が良い時期なのだろう。

しかし、過去と現在が重なった景色の中を散歩することほど楽しいことはないし、想像力を働かせればさらに未来の姿も重ねたりもできる。現在と過去で二重になった視野に組み合わせてやれば、街並みを眺めているだけでも飽きることはなかった。

都市計画に沿った今後の街の移り変わりを想像して、石神井川沿いの古くなった道路を再舗装したり街路樹を剪定したりした未来の姿を眺めながら歩いていると、デイサービスの送迎車が前方からやってきた。豊島園通りの混雑を把握しているらしく、道を譲るとそのまま裏道を抜けて、車は早宮の方へ走り去っていった。

石神井川は今日もおだやかに流れていた。そこに大雨で氾濫しかけている濁流が音もなく重なっていて、街路樹として植えられた満開の桜から舞う花びらが次々に吸い込まれていく。

川の流れを見下ろしつつ道を歩いていくと、やがて人の流れがあった。運動公園のほうに向かっている周りの人たちに歩く速度を合わせて、下流の方へと向かっていると、川沿いの駐車場に停まっている車には一つ前の車種と、新型モデルが重なっているのが見えた。小さな自動車工場の窓に揺らめいているびりびりに破れたブルーのカーテンに、買い換え予定の薄緑色したカーテンが透けている。工場に隣接した一軒家の庭先にはポトスの鉢植えが三つ置かれていた。

「大事にしていたポトスです、お願いですから返してください」と書かれた住人の悲痛な張り紙は、諦めたように三日ほどで剥がされてしまっていたけれど、先週に盗まれてしまったはずのその鉢を早宮の方のマンションのベランダで見つけられたのは、普段の散歩の賜物に違いなかった。

街並みのたがい違いになった箇所に気づいて夜のうちにベランダから盗み出して運んでおいた鉢植えが元の場所に収まったことで、当然ではあるけれど、景色にこれ以上ない正しさをもたらしていた。この街には何か大きな存在に従属された作用によって、極めて複雑で調和した要素が今や地域全体の最大善のために働いている。しかし、それがポトスの鉢植えが盗まれる理由になっていいわけはない。

雲の皺が破れて所々に切れ間ができたらしく、太陽からの光がわずかに届きだした。薄々とした光は長い帯になって、家々の間を抜け、ポトスの鉢植えと東中央橋付近に集まっている人たちを照らした。

橋のあたりでは工事関係者と役所の人が立ち会って、開通式が執り行われている。新東中央橋の工事が終わってから経路を変えるまでは随分と間が空いていたし、あまり大々的に告知されたものではなかったけれど、物好きな地域の住民がこぞって集まっていたから、自分もその後についた。

開通式を始めるまではまだ時間があるのか関係者同士がなにか業務的なやり取りをしたり、社交辞令の挨拶などをしている。近所の人たちと一緒に少し手持ち無沙汰にして待っていると、小柄な男が走ってきて「火事だ」と、叫びはじめた。「今度は関口ビルだ、大変なことになるぞ」

男は方々に触れ回っているけれど、誰も取り合う様子はない。小柄な男は人混みの中で顔見知りをみつけたらしく、「あんたはたしか隣の家だろう、いいのか」と肩を揺すったけれど、その男は迷惑そうに「うるさい、関係ないだろう」と手を払った。

周囲の人もすっかり無視を決め込んでいるから、小柄な男は悲しそうに「火事になるんだぞ、本当なのに」と呻きながら歩道の柵を越えて、石神井川の護岸壁に造られた簡易な作業者用の梯子はしごをするすると降りていって、橋の下にある雨水の排水溝から暗渠へと姿を消してしまった。

時間が来たらしく、司会の女の人がマイクを手に何かを話しだした。スピーカーからの音量は控えめで、肉声とほぼ変わりがない。それなのに音響が悪いのか話している内容はほとんどわからなくて、「この街も」とか「いよいよ」といった単語がかろうじて聞き取れる程度だった。

司会者からの紹介で役所の人が話を始めたものの、同様に何を言っているのかこちらまでは聞こえてこなかったけれど、その人は思ったよりも話を短く済ませたらしく、再び司会者にマイクが渡った。

女の人がまた何かを喋りだして、集まった人たちと一緒に細々とした音量で流れていく話に漠然と耳を傾けていると、どこか遠くから消防車のサイレンが聞こえてきた。かすかに聞こえる音に反応してそわそわしだした男が視界の片隅にいて、ひっそりとその場を立ち去るのが目に入った。

その行方をなんとなく眺めていたら、急にマイクの音声がはっきりして、

「それでは、開通します」

という言葉が鮮明に聞こえた。その途端に周りの人たちが目を覚ましたように拍手を始めて、ぱちぱちという街が新しく変わる音が辺りに鳴り響いた。

警備員がガードフェンスを移動させて、経路を新東中央橋の方へと変える。式に参加していた人々が歩道に退避すると、一台の車がやってきた。たまたま居合わせたその車は人々の拍手に送られながら新しくなった橋を渡り、カーブを曲がって恥ずかしげに走り去っていった。

そしてぱちんと回路が切り替わる音がしたかとおもうと、新しく建てられた歩行者用の信号が稼働を始めた。

二〇二四年一二月一日